PPPP……。


男の胸元から電子音が鳴り響く。
重なるはずの唇が離れて行った。

現実に引き戻されそうになる私を、その男の手のひらが引き留めた。

肩を引き寄せられたと同時に煙草の匂いがした。


「携帯、鳴って――」

「別にいいんだよ」


慌てふためく私とは違って、余裕のある声。男が大きく息を吐いたと同時に、低く穏やかな声がこの耳に届く。抱きしめられて聞く男の声は、深く胸に響く。


「……あんたは、無理に上手く生きようとなんかしなくていい。不器用な人間は要領よくなんて出来ないんだ。でも、それでまた疲れたら、今日みたいに日常から逃げ出してくればいい」


大きくて骨ばった手のひらが優しく頬を滑り落ちて来た。


「……こんな風に、見ず知らずの男とキスをしたりして?」

「"しそうになった"の間違いだろ?」

「そうだった……」


なんだか可笑しくなって、二人で笑い合う。


本当に、今日の私はどうかしている。

でも、不思議なほど心は目の前の海のように凪いでいった。


その場限りのいい加減な言葉かもしれない。
初対面の女にキスしようとするような悪い男だったのかもしれない。


それでも。


この日の私にとって、どんなものより心が癒された。