一瞬触れたと思ったのに、すぐに肩から手は離れて行った。


「……大丈夫。また、前を向ける」


そして、少し大きくなった声がぶっきら棒にそう言った。


「……そんな、無責任な。すっごくテキトーな発言に聞こえます」


私も私で、何だか恥ずかしくて、冗談めかして唇を尖らせた。

そして、お互いに笑い合う。


「無責任で何が悪い。どうせお互い素性も知らないんだ。責任なんてねーだろ」


こちらに向けられた、少しだけ口角の上がった表情が最初の印象とはまるで違う柔らかなもので、思わず見つめる。


「……でも、無責任ついでにいくらでも言ってやる。必ずアンタがいいっていう男もどこかにいるし、アンタにしか出来ない仕事だってある。アンタはアンタのやり方でいい。誰の真似をしなくたっていい……」


いつまでも止まらない涙を、その男の長い指が優しく拭う。
それがあまりにも自然で、そのまま受け入れていた。

長い指へと向けられていた視線が、その男と重なる。

二人の視線を縫うように海からの風が優しく吹き抜けて。

当然のことのように、そして、吸い寄せられるように、互いの唇が近付いて行く――。