「妬みも劣等感も、それは全部あんたが真面目に仕事に向き合って来たからこその感情だ。恥じる必要もねーよ。社会なんてのは勝者だけで成り立ってんじゃないんだ。大多数の勝てなかった奴らで支えてる。劣等感なんて言ったら、俺はもう劣等感にまみれて窒息しそうだよ……」
語尾が掠れて少し寂しげだった。
それを誤魔化すかのように頭の上の手のひらが、わしゃわしゃと動く。
「売れない小説家なんて家業は、もうサイアクだ」
この人、小説家なんだ――。
涙を拭いながら男の声に耳を傾けた。
「自分より下手な小説が売れてるのを見れば、『あんなものがウケるなんて』と僻み、どう粗を探しても粗なんて見当たらない大傑作にぶち当たれば『あんなもの俺には到底書けない』と激しい劣等感に苛まれる。どっちにしたって、結局苦しいんだ」
淡々と語られているのに、どうしてだか私の胸を抉った。
「いつも、もう書くことなんて辞めちまいたいって思う。だけど、結局少し経ったら書いてるんだ。だから、それが俺の本当の意思なんだろうな」
闇夜の中に零れる言葉は聴覚だけに意識が行くから鮮明なものになる。
声から感情の揺れまでもが伝わって来た。
「――だからあんたも。もし、この先も仕事を辞めないでいたら、それはどんなに辛くても仕事をしていたいんだ。それがあんたの本当の気持ちなんだよ」
何か言葉を返したいと思うけれど、胸が詰まって言葉にならない。
その代わりに肩がずっと震えて仕方がない。
涙をすすりあげるたびに上下する肩に、その大きな手のひらが遠慮がちに触れた。



