行きたくない――。


ホームへと入って来た電車の扉が開いて、前を並んでいた乗客に続いて乗りこもうとした時、そう咄嗟に思った。


この十年、何も考えることなく当然のように毎朝乗り込んでいた8:05発の京急品川行き普通電車。
どうしてもこの日は次の一歩が踏み出せなかった。

朝の通勤通学の時間帯だ。乗り込む人の列で立ち止まる私は、迷惑以外の何物でもない。
あからさまに迷惑そうな視線や肩に当たる身体たちから逃れるように、発車を合図する独特のメロディーが流れたと同時に目の前の電車に背を向けた。


気づけば私は、職場のある品川行きと反対の電車に乗り込んでいた。


毎朝乗っている電車より少し空いているその電車は、方向が反対なだけで使われている車両もほとんど変わらないのに、漂う雰囲気がまったく違う気がする。

いつも見ているのとは違う車窓からの風景を、ただ呆然と少し乱れている呼吸を正しながら見ていた。


私、一体何してるんだろう――。


大学を卒業して就職した会社が品川にある。
就職を機に借りた部屋は、京急沿線の品川から20分ほどの駅近くにある。

十年も住んでいて、品川と自宅の最寄り駅の往復でしかこの電車に乗っていないことに気付く。

目に入る光景すべてが初めてのもので、一駅一駅職場から遠ざかって行くごとに、とんでもなく遠いところへ連れて行かれているような気になる。

でも、それもいい気がした。

ドアの付近に立っていた身体をそれに預けると、急激に身体から力が抜けて行く。


なんだか、疲れたな。


身体を揺らす振動が心までも揺さぶって行く。

不意に零れ落ちて来そうになる涙を懸命に堪えるため、目一杯顔を上に逸らした。