『ふふっ』

「はぁっ、手間がかかるお姫様だな。」

宙の見事なキャッチにて地面への直撃は防がれた訳だが……。

別にそのくらいで死にはしない。

「…なにしてんの」

夕紀くんは呆れ顔で私達を見ている。

『今すぐ行かなくちゃいけないの。』

またもや自販機で水を購入し地面にぶちまける。

「…大胆だね」

『時間は待ってくれないから…。
“母のところへ連れて行って”』

そう念じると水が揺らぐ。

そこに飛び込むと、思わぬ展開に驚いた。

『うっ…げほっげほっ』

「美影っ」

『へ、平気…まさか海に連れてくるなんて…。』

もう少しで溺れるところだった。

浜辺のほうへゆっくり泳いでいき砂場に寝転がる。

『だ、だめ、寒すぎる…。』

海の塩っぱさを忘れてしまうくらいの猛烈な寒さ。

服が濡れて重い。

『はぁ、はぁ…』

「美影、おいで」

宙に腕をひかれて胸の中に納まった。

ぁ…暖かい

「で、お前の母さん、どこにいんの」

夕紀くんは濡れた髪をかきあげてあたりを見渡す。

ここは昔、母と来たことのある唯一の場所。

『ここら辺に…いるはずなんだけど…』

もうすこしまともな所に出してくれたらいいのに。

これじゃあ寒すぎて頭が働かない。

『この浜辺……そうだ、ここの近くに父の別荘がある筈。』

そう、そうだ!

あの日は父の機嫌がよくてわざわざ別荘に来て母に再会したんだ。

その時は祖母も一緒だったっけ…。

なんて思っているとなにやらごそごそと宙が動き出す。

『な、なにしてんのっ』

宙は私の服を首尾よく脱がせ始める。

いやいやいや

と突っ込みたいところだが濡れた衣服で体を冷やすのを恐れてのことだろう。

それにガミガミ言うのは申し訳ない。

宙も服を脱いだのだが、惨いほどの肉体美に私は目を逸らす。

そんなことは梅雨知らず抱き上げる彼を恨めしく思いながら寒さに負け抱きつくしかなかった。

「大丈夫?」

『な、んとか』

いろんな意味で死にそうだ。

なんだかすごいことをしている気がする。

今は夜だからいいが昼間なら即逮捕だ。

夕紀くんは察したように見ているだけ。

なんとかしろとも言えない。

「案内できるか?」

『…たぶんあっち』

古い記憶を頼りに進んでいく。

ふたりの逞しさに感動しながら暗がりを抜けた。