なにもない
必要最低限の家だった。
決して広いとも狭いとも言えない部屋、古民家ではなく洋風な感じだ。
透き通るようなプラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳が美しい。
どこからどう見ても日本人ではない容姿は周りを惹き付けるオーラがある。
父もそんな母に惹かれたのだろう、最悪の男に引っかかったものだ。
もっといい人がいたはずなのに…。
「ここに座って…紅茶入れるわね。」
『いいよ、座って。』
渋々と彼女は座った。
その様子だと、まだ結論は出ていないようだ。
「どうして、あんな人と結婚したんだって思ったでしょう。」
『…うん』
「あれでも外面はかなりいい人でね…まんまと騙されちゃった。でもね、たとえ偽りでも優しい人だったのよ…。」
そういうのはよくある話だ、騙されるのは仕方がない。
母に、見る目がなかったのだ。
「結婚生活はまるで地獄、妊娠した時、貴女をこんな生活に巻き込むくらいならいっそ死のうなんて考えたりもしたわ。…勝手にそんなことを思ってしまってごめんなさい。」
『……貴女の気持ちはわかるから。』
もういっそ生まれて来なければ、なんて何度思ったか。
何度死のうと思ったかわからない。
「でもね、私の母はリィズ家の血を絶やしてはならないと言った。」
『リィズ家?』
エルが少し動きを止めたのがわかった。
私の失われたと言われる記憶と、関係があるのか?
「リィズは私の姓よ。訳あってもう一族は貴女と私だけになった。なんでも、“魔女の家系”らしいわ。」
『魔女の家系…』
「時々、神様の声が聴こえたり、不思議な力を授かった子供が生まれるそうなの。まぁ私には力がなかったのだけれど…。」
思い当たる節がありすぎて困惑した。
魔女の家系?
そしてそれは今ではリィズ家のみ…。
「教えられるのはこのくらい。私はリィズ家が怖くて逃げ出したの、そして現実からも…。」
『また、逃げる?』
「そうね……最期くらい」
最期…?
『最期ってどういう…』
「美影は先に帰ってて、私は支度をするわ。」
『お母…さ』
「戦うわ」
笑った母に、もう戸惑いはなかった。
なんだか泣きそうだ。
「…美影」
エルが視線をまじらせる。
そうだ
『ここが私の家の住所。多分ここにお父さんはいる。』
「そう…じゃあ三日後、家に帰って。
それまでごめんなさい、お金ならあげるからどこかに泊まってくれないかしら。」
『三日後…?』
「私の心の準備期間」
冗談めかしく言う彼女はとても可愛らしかった。
でも、なんだか胸騒ぎがする。
『本当に、大丈夫なのね?』
「心配しないで、私、今とても嬉しいの。」
目尻に何かが光っている。
それが意味するものがなにか、まだわからなかった。

