「ふぅん、その子がアリシア?」
「エリーゼ!呼び捨てにするなんて失礼ですよっ。」
マーシュが頬を膨らませて彼よりも更に小さい少女を軽く睨む。
いや、少女というより幼女?
いままで出会った天使達は全員白い不思議なレースの服だったが、彼女はまるでサーカスに出てくるピエロのような格好でまるで違う雰囲気が漂っていた。
紅い髪に濃い緑色の瞳、その手には身体の数倍ほどある大鎌が握られていた。
「いいじゃんべつに、それにすっごく弱そうだし。」
「全く、貴女という人は……」
マーシュはまるで年配の政治家のような口ぶりで彼女を窘める。
それに気付いてか気付いていないのか、彼女は白い翼を動かしながら私よりも高い位置で見下ろした。
「緋の神殿、四大天使のエリーゼよ。
エリーは戦闘がだーいすき。
後ろの君、あんたといつか闘ってみたいわ。」
そういってエリーゼは宙に不敵に笑いそのままどこかへ飛んで行ってしまった。
「無礼をお許しください。彼女はエリーゼ、ヴァレール派でもアスタロッサ派でもない、危険人物です。
正直、アスタロッサよりも強いと言われています。」
『アスタロッサより!?』
思わず声を大きくしてしまった。
だってあの少女が、さっきの怖そうな大男よりも強いと、大天使よりも強いと言っているのだ。
「はい、彼女が最前線に立てばもう向かうところ敵なしといった感じで…でも大天使にはあの性格上向かないのです。」
マーシュは彼女に手を焼いているのか親のように頭を抱えている。
「なにをしている」
振り返るとそこには綺麗に切り揃えられたプラチナブロンドの髪を揺らすフレンチがいた。
「フレンチ!いい所に来てくれました。
とりあえず彼女の身を置くところを探しているのでが、流石に僕じゃ女の子として嫌かなと思いまして。」
とんでもない!
寧ろマーシュは女の子にしか見えない。
でも白い服の間から見える身体はとても鍛えられていた。
「アリシア様、翠の神殿へ御案内しましょう。
後ろの君も一緒に来なさい。」
宙は先程から少し大人しい。
やはり、彼にしかわからないものがあるのか。
「頼みました。ボクは部隊の稽古に行ってきます!」
そう言って飛んでいくマーシュ
四大天使は隊長みたいなものなのか…?
「面倒臭いのが来る前に行きましょうか。」
少し離れた場所まで、フレンチさんのあとをついて行く。
そこには淡く緑色の光に包まれた大きな神殿が構えていた。
「着替えを御用意してあります。君の分もね。」
「ありがとうございます」
彼女のあとを負っていると広い中庭らしきところで大勢が稽古をしているのが見える。
四大天使の神殿でこんなに広いのに、本殿ならどんなにひろいんだろう。
そんなことを考えていると、なにやら空気がざわついているのを感じた。
いくつも視線を向けられているような感じがする。
フレンチはそれを無視して中庭際の通路を突っ切った。
「すみません、アリシア様の髪を見て皆驚いているようです。この部屋をお使いください。」
『着替えはそのクローゼットの中に用意させました。君は私についてきてくれ。』
フレンチさんが宙を連れていくのを見て扉を閉める。
ーガチャン
とりあえずクローゼットの中を確認すると他の天使達が着ているのとよく似た白いレースの服が何着か掛けられていた。
私はその中で一番露出の低い長袖の今どきで言うシースルーのようなワンピースに袖を通す。
窓から外を見るとまるで幻みたいな広大な風景が広がっていた。
ーコンコンコン
「美影、入るよ」
『うん!』
私がサッと振り返ると、白い服を着た宙がいた。
まるで王子様みたいで胸がドキドキする。
でも少し違うのが、黒いレースが使われていること。
宙の翼と同じように白と黒が使われている。
「髪……」
『ちょっと事情があって切っちゃったの』
「どっちもすごく似合うね。」
私の髪を少し触ってから何を話せばいいのかわからない様子で笑っていた。
「美影、少し顔つきが変わったね。前よりずっと瞳が輝いてる。」
『そうかな?会わなかったのは二週間程だよ。』
「十分長いよ。……会わないのと会えないのでは全く違うから。」
『……レリアスは私を守ってくれてた。私だけじゃなくて日和や架も。』
「…あいつ、不器用だからな。」
そう言って宙は苦笑いしているが彼も不器用だ。
『私、神界で仲間を集めることにする。』
「…決めたんだね」
『けじめをつけなきゃ。アスタロッサ派に私の存在を嫌でも認めさせてやるんだから。』
「……」
宙は何も言わずに近付いて私を抱き寄せた。
なんだなんだと私が彼を見ようとするけど顔を見せてくれない。
「君はどんどん遠くに行く。」
その台詞はどこかできいたことがあって、思わず笑ってしまいそうになる。
そうだ、エルが言っていたな。
『置いていかないよ。』
「ついて行ってみせる。」
宙がコツンと額と額を合わせて挑戦的な目で私を見ていた。
凄く顔が近くて、顔が火照りそうになる。
「ウッウン」
誰かの咳払いが聞こえて振り返る。
「邪魔をしてすみませんがとりあえず訓練場に着いてきてください。」
フレンチさんはそう言って歩き出す。
顔が熱くなるのを感じた。
「クスッ…見られてたみたいだね。」
『気付いてたの?』
肩を竦める彼を睨んでから急ぎ足で彼女を追いかけた。

