長い通路を抜けて、まっすぐ、ただ真っ直ぐに進んだ場所にある大広間。

その更に奥にある椅子に腰を下ろして彼は足を組んだ。

「私はヴァレール、皆には神と呼ばれる存在だ。
君を一目見れば誰もがわかる。君が私の血縁者だということを……顔を上げてくれ、頭を下げたいのはこちらの方だ。」

何故そんなに申し訳なさそうなのか、不思議だった。

「君は、私と一度会っているんだ。」

『……え?』

「“手袋落としたよ”」

はっと目を見張った。

『あの、時の?』

バイトを終えた日のこと、娘がこの街にいるのだと私に話してくれたあの男性……?
(2章1節66ページ参照)

「娘っていうのは、君のことなんだけどね。
どうしても君に会ってみたかったんだ。
酷い父親を持ってしまった、でもそれを助けに行くことは出来なかった。」

『……終わったことは、もういいんです。
でも、貴女の娘は…私の母はその犠牲になってしまった。』

「…あぁ」

彼は知っているはずだが、報告はしないといけないと思った。

母が怖くて逃げだした天界の存在。

普通の人ならそうなのだろう。

「君達のことを全て見ていたよ。今どうしてここに辿り着いたのか、知っている。もうじき悪しき者達が攻めてくるだろう。でも、ここは絶対に汚せない。」

『……ここを、出て行けと?』

あまりに酷ではないか

神様に、これほどまで敵意を抱いたことはない。

「決戦の場所は、この外側で。」

外側

きっと私達が最初に転送された場所だ。

はりぼての神殿のある神界の広い庭。

彼はそこで終わらせろと言っているのだ。

「君に真の名前を明かそう。」

『……名前?』

私は逢沢美影

それが名前だ

唐突に何度も話の変わる彼についていけない。

でもそれはきっと、いろいろなものが“視”えてしまうから。

神様だから見えてしまうものがあるのだ。

なんとなく、そう思う。

「君の名はアリシア、私と君の祖母が名付けたこちらの世界での名前だよ。」

『アリシア……』

「アリシア・リィズ、愛される者よ。君に使命を与える。仲間を募り、悪を討ちなさい。」

仲間を集める

こんな見ず知らずの、しかも私に敵意を持っている人のいる土地で仲間を募る……?

なかなか言ってくれるじゃない

宙も厳しそうに俯いてばかり、正直無理だ。

「マーシュ」

「はい!ヴァレール様」

大きく太い円柱状の柱の影から焦げ茶色の髪をした私達よりも少し小さい可愛らしい容姿の少年が顔を覗かせる。

猫っ毛をふわふわと揺らしながら、きゅるんと丸い大きな琥珀色の瞳で私達を見た。

「ボクは希の神殿の四大天使、マーシュと申します。アリシア様、よろしくお願いします!」

女の子顔負けの可愛らしさでその場の空気を和ませる。

この子が四大天使……

私と少し歳が違うくらいの少年なのに……。

少年が私達を誘導して神のいる中央の間を出ていく。

パタンと扉をマーシュが閉めると、再び笑顔を浮かべた。

「ヴァレール様の前ではあまり言えませんから、ここでお話しましょう。本当はアリシア様の前で言うのも失礼なのですが……。」

『いいよ、言って。』

「はい、端的に言うと神界にはふたつの派閥があります。ひとつは神は絶対という忠誠心の強い天使達。少し偏見はありますが、アリシア様に好意的な派閥で一般的にはヴァレール派と呼ばれます。
もうひとつはアスタロッサ派と言って、大天使の率いる派閥です。アリシア様の存在を畏怖嫌煙している者達のことを指します。
どちらかというとアリシア様に、ということではなく“人との間にできた神の血縁者”ということへの不満があるのですが……。」

『なるほどアスタロッサはだから私を殺そうとしたのね。』

一人で納得しているとマーシュは白い顔を更に白くさせる。

「こ、殺そうとしたのですかっ。」

ありえない、などとブツブツ念仏のように唱える彼を目の端で見た。

そして宙に目を合わせる。

「彼はどちらなの?」

「誠実なヴァレール派だよ。」

宙とこそこそと話していると、マーシュは鼻息荒く胸を張って立った。

「大丈夫、ボクの部隊は少なくとも貴女の味方ですよ。それに、フレンチも味方になってくれると思います。僕の知っている限り、彼女ほど神を崇拝している天使はいません。」

マーシュが持ち前の明るい笑顔で私達を癒してくれる。

そのまま本殿を抜けて、綺麗な庭を歩いていた。