ーカツ

フレンチさんのヒールが軽快なリズムで鳴る。

「そう言えばその服……着替えた方が良かったでしょうか?」

『ぁ……』

確かに、神様に会うのにこんなにぼろぼろでは申し訳ない。

でも他に何を着るのかと聞かれても何も言えない。

『大丈夫です。』

私がそう言うのを聞かずに彼女は着ていた青い淵の白いマントを私に着せてくれる。

「これで少しは様になるでしょう。」

彼女の心遣いに感心していると、宙は私の纏めていた髪を解いた。

「こっちの方がいい」

『う、うん』

毎度思うことだが顔が近い。

慌ててフレンチの後を追う私を見て、宙のクスリと笑う声が聞こえた。

ーカッカッカッカッ コツ

彼女は立ち止まって顔を上げた。

それも少し厳しそうな表情で。

「アスタロッサ、先を急いでいるのだが。」

身長の高くスラッとした容姿の二十代くらいの男性が黒髪を揺らして私を見る。

その目はフレンチさんとは違う強さを含み、鉄紺色で、少し怖かった。

後ろに背負っている大剣は強さを象徴しているようだ。

「…彼女は」

「……主の命を受けている。そこを退け。」

フレンチさんの言葉を聞かずに彼は私の前に立った。

本当に大きい

目の前に立たれるとその貫禄に思わず俯いてしまいそうになる。

「我は靑の神殿、大天使アスタロッサ。」

大天使

ということは全ての天使の中で最も有力だということか。

それを肯定するような迫力に頷く他ない。

『私は美影です。』

「美影……それは真の名前ではないだろう。」

『……え?』

思わぬ言葉にぽかんと口を開く。

「アスタロッサ、邪魔をするな。」

フレンチさんの少し怒りを含んだ声が神殿に響く。

ーチャキ

『っ!?』

首元にあてがわれた大剣。

それはあとすこしという所で私の首をはねようとしている。

「アスタロッサ様っおやめください」

宙の声に鼻で笑った。

「お前のような穢れた存在が口をきくな。」

その言葉を聞き慣れているのか、宙は怯まず私をひきよせる。

「なんの真似だ?」

「貴方様こそ、なんの真似です。」

私や宙を忌み嫌っている天使がいるというのは知っていたが、ここまでとは思いもしなかった。

フレンチさんとは似ても似つかぬ態度である。

「アスタロッサ、主に逆らうつもりか。」

フレンチさんがアスタロッサさんの首元に剣をやると彼は剣を彼女に向けた。

「ここを通す訳には行かない。」

「押し通る」

そう言ってふたりが火花を散らした時だった。

ーガチャ

数十メートル先の扉が開いて男性が出てくる。

その周りにはきらきらと精霊のようなものが飛び交いただならぬオーラがあった。

「主様」

フレンチさんが素早く地に顔を伏せた後、アスタロッサさんも渋々と言った様子で頭をたれる。

宙も素早くその場にひれ伏した。

間違いない

私と同じ透き通るようなストロベリーブロンドの髪に、金色の瞳。

私が今まで見てきた中で一番、美しいと感じた。

「よく、ここまで来てくれたね。」

微笑んだ彼に、もはや何も言えなかった。

それほど遠い、絶対的な存在が目の前にいるのだ。

「美影、人間界ではそう呼ばれているようだね。」

祖父の筈なのに、全く老いていない。

それが彼という存在の証拠なのか。

「中に入ろう、君も一緒に。」

宙に視線を送って、そのまま元きた方へ戻っていく彼。

その姿を追って、私は静かに一歩一歩進んだ。