『夕紀』

物陰に潜んでいる彼に声を掛ける。

今まで待ってくれていたのだ。

昨日は何処に行っていたのかと鋭く睨まれたものだから完璧な監視をされているのだ。

「……」

『宙と話してみようと思ったんだけどね。
彼、いなかったの。』

きっと夜中に帰ってきて守ってくれているのだろうけど……。

私は話がしたいのに。

なんだか昨日までの気後れは何処へやら、寧ろ宙に喝を入れたい気分だった。

そんな私の心情を汲んでか、夕紀は少し早足になっている。

「日和が心配してたから、連絡してやれよ。」

『うん』

そうだ

彼女のちょっとした嘘を、彼なら簡単に暴けた。

『夕紀は大人だね。』

こんなにも意気地無しで涙脆くなってしまった自分を否定する。

「いるだろ」

『へ?』

「誰の心にも、子供みたいな無邪気な自分と殻に篭もった冷静沈着な大人の自分がいる。
大人になるにつれて、その殻は分厚くなって自分の弱さを隠そうとするんだ。」

あぁ

確かにそうだ。

自分の中にふと、ふたつの人格があるのではと疑う時がある。

自分のことなんて誰もわかってくれない。

なんて考えで殻に閉じこもる自分と

子どものように素直に今を楽しもうとする自分がいる。

その矛盾した二つの性質が入り交じると人は混乱する。

だいたい、今の私くらいの年頃の者に多い。

「ひと足早く子供の自分がいなくなってしまった。
それだけだ。」

彼はもう完全に自分の殻に閉じこもってしまったと言いたげだった。

それはとても寂しい事のように感じた。

「いつからだろうな」

彼の壁を壊してあげたいと、逞しい背中を見て思った。

「あっちの世界ではみんな、早くに子供の自分を捨てなければ生きていけなかった。
…宙を、支えてやってくれ。」

夕紀は振り返る。

その目には、不安が見て取れた。

彼のそのような姿を、私は初めて見た。

酷く困惑した。