課長の胸に頭を抱えられ、ドキドキと鼓動が伝わってくる。

「ごめんな……」

 課長の切なそうな声が聞こえる。


「どうして? 課長が謝るんですか?」


「俺が、もっと自分の気持ちに正直になっていれば、美羽をこんな目に合わせなくて済んだのに…… 守ってやれなくて、ごめん……」

 課長はぎゅっと私を抱きしめた。


 鍵をかけたはずの心の鍵が、ガタガタと音を立て始めている。


 タクシーは病院の救急窓口に止まった。

 幸い、傷は浅くてニ針縫ったが、傷は残らないそうだ。


 タクシーを待つため、病院のロビーのソファーに課長と並んで座った。

 課長の手が私の手をぎゅっと握っている。

 私はこの状況をどう受け止めればいいのだろう?

 私が口を開こうとした時……


 病院の自動ドアが開き、顔を向けると薄暗い入口に木島さんの姿が現れた。

 私は慌てて課長から手を離した。


「どうしんだ?」

 課長も驚いて立ち上がった。


「今日、打ち上げだって聞いて居酒屋まで行ったら、駿が病院に矢崎さんを連れて行ったって言うから心配で……」

 木島さんは私の顔を見た。


「すみません…… 心配お掛けして…… もう、大丈夫です」

 私は立ち上がり、病院を出ようと歩き出した。


「美羽、ここで待っていてくれ!」

 課長の言葉が背中に響く。


 私を見ていた、木島さんの表情が明らかに変わった……


「亜由美、話がある外に出てくれ……」


「い、いやよ…… 私、嫌だからね……」

 木島さんは、その場に泣き崩れた。


 あの、いつもきりっとして、リーダシップをとっている木島さんが、周りを気にせず泣き崩れている。

 真っ直ぐに、課長を好きだと言える木島さんに、私は仕事だけでなく、女としても負けている……


 私は、黙って外へ出た。


 心の鍵を開けてしまわなくて良かった……