(とにかく、ちゃんと求婚は断らないと)


アデルは自分にそう言い聞かせ、緊張を解そうと一度大きく深呼吸をした。
胸いっぱいに甘いバラの香りを吸い込み、心を落ち着かせる。
そして、少し間隔を空けて立っているセドリックに、そっと視線を向けた。


「あの……王太子殿下」


わずかに上擦ったアデルの呼びかけに、セドリックは黙って顔を上げた。
もうその顔から仮面は外されている。
セドリックの美しい素顔が、アデルの視界いっぱいに映り込む。
真っ赤に染まっていた頬からは、いくらか熱が引いていた。


こうして見ると、いつものセドリックだ。
激情が治まれば、彼はいつも冷静で穏やかだ。


そんな彼に同調するように、アデルの胸の鼓動も少しずつ速度を落としていく。
アデルは目を伏せ、自分の足元をジッと見つめた。


「こ、この間のパーティーでは、失礼いたしました」


何から切り出すのが正解か、と、最後に会った時の記憶を辿ったアデルの脳裏に過ったのは、別れ際に彼を突き飛ばして逃げ帰ってきたことだった。
大混乱していたとはいえ、こうして思い返してみれば、『初対面』の王太子相手に、無礼極まりない行為だった。


(いつもの私じゃなかったんだった……)


今更それを実感してカッと頬を赤らめるアデルに、セドリックも同じ記憶に行き着いたのか、クスッと笑う。