ライアンはアデルに、『王太子妃として差し出すのではない』と言った。
しかし。


『嫌だと言うのなら、すべて隠したままはっきりとお断りしろ』


ライアンが続けた言葉が、アデルの胸にずっと引っかかったままだった。


兄に言われた通り、アデルは仮面を外すつもりはなかった。
すべてを隠したままセドリックの求婚を断る。
その決意は変わらないのに、どうしてもどこか納得できない。
彼女の心は打ち寄せる方向も定まらぬまま、大きく波打ち揺れていた。


(お兄様が、『嫌だと言うのなら』なんて言い方したせいだわ)


熱気に包まれた広間の中央では、色とりどりの仮面に顔を隠した紳士淑女たちが軽快な曲に合わせてダンスを楽しんでいる。
アデルは壁際に寄り、時折嬌声が湧き上がる人の群れを見つめながら、キュッと唇を噛んだ。


(嫌だなんて思わない。だって、私だって、お兄様と同じようにセディが好きだわ)


そうでなければ、近い将来彼が治めるこの王国の為に、騎士になろうなんて思わない。
ライアンがセドリックに向ける忠誠心に負けない志を、アデルも胸に抱いている。


王となるセドリックを支え、守り、王国の繁栄を祈り尽力する。
その為にも、ずっとそばでお仕えしたい。
アデルは、幼い頃からそう願い続けてきたのだ。