兄の声に立ち止まったアデルが、静かに顔を上げる。
その瞳に悔し涙が浮かんでいるのを見て、ライアンもなんと声をかけていいかわからず、思わず口を閉ざした。
しかし、すぐに気を取り直す。


「ゆ、昨夜の疲れもあるだろう? 今日はゆっくり休んで……」


ぎこちない笑みを浮かべながら、気遣って言った言葉の途中から、アデルは顔を背けて歩き出していた。


「アデル」


その背を追うライアンに、彼女は前を向いたまま返事をした。


「疲れてるのは、みんな同じ」

「いや、でも。お前の場合は……」

「みんな同じ! 一晩中『仮面の姫君』の捜索したんだから」


吐き捨てるように答えたアデルに、ライアンもゴクッと唾をのむ。


「いや……やっぱり同じじゃないだろ」


それが正しい声かけなのか、どうか。
迷いながら口にしたライアンの前で、アデルがピタリと足を止める。


「だってお前、セディ……フレイア国王太子に、求婚されたんだから」


アデルの背に言葉を続けると、彼女が勢いよくライアンを振り返った。
頬を膨らませ、真っ赤な顔をした彼女が、「言わないで!」と声を張る。
それにはライアンも口を噤んだ。