馬車のスピードが上がった為、城下町に入ったことは父も感覚でわかっているのだろう。
その横顔は、先ほどまでよりも厳しさが増している。


(どうしたらいい? ああ、何もいい方法が思いつかない!)


絶体絶命の思いで、アデルは握った手を震わせた。
その途端、脳裏を過った姿に、彼女はハッと息をのむ。


「お兄様……」


自分の震える手を見つめながら、アデルは掠れた小さな声で呟いた。
隣から父が「ん?」と怪訝そうな目を向けるのを感じ、彼女は慌てて首を横に振って誤魔化す。
顔を俯かせ、胸元に右の拳をそっと当てながら、アデルは改めて兄の姿を思い浮かべた。


大広間では、ライアンが警備に当たっているはずだ。
こうなったら、兄に協力してもらうしかない。


いつもセドリックと一緒になってアデルをからかうライアンだが、そうは言っても血の繋がった兄だ。
妹のアデルの必死なお願いを、邪険にするとは考えられない。


窓の外で、一際高く馬がいなないた。
同時に馬車の揺れが治まる。


どうやら城に着いたようだ。
御者が外からドアを開け、父が先に馬車から降りた。
父がアデルの手を取ってくれる。
アデルは御者の手も借りて、外に降り立った。