その夜。
訓練から戻り夕食を終えたアデルは、箪笥の中からセドリックのマントを持ち出し、それを見習い騎士の少年に預けた。
城下町で見知らぬ女性から託されたと説明してある。
アデルの名前は言わずに、城の召使いに渡すように言いつける。


年端のいかない少年に、『お遣い代わり』にこっそりお菓子をあげると、彼は子供らしい笑顔で喜び、廊下を駆け抜けていった。
その背を見送ってから、アデルは大きく深呼吸して自室に戻る。


箪笥の中には、明日のパーティーで着用する騎士の正装服が吊るされている。
これを身に着ける時、アデルの心はいつもワクワクと弾み、誇り高い自尊心に浸れたものだ。
しかし、今手に取る自分の心には、並々ならぬ重圧と責任が色濃く広がっている。


ライアンと剣を振いながらも、彼の言葉がずっと頭の中で回っていた。


『ドレスを着て紛れ込まないか?』


アデルは心を大きく揺らしながら、正装服の袖をギュッと握り締めた。
そしてその奥から、セドリックの誕生パーティーで着せられて以来、ずっとしまい込んだままのドレスを引っ張り出す。


騎士団の警護の中、潜り込むことはできなくても、アシュレー侯爵家の名を明かしさえすれば……。
ライアンの言葉を思い出し、迷いを強めてしまった自分を、今アデルは強く戒める。


(しっかりしろ、私)


手にしたドレスを、乱暴に箪笥に押し込んだ。