「お休み、セディ」


最後にそう挨拶してくるりと踵を返し、来たばかりの廊下を引き返そうとする。
そんなライアンの背中を、セドリックが呼び止めた。


「そうだ、ライアン。馬車の中で気付いたんだけど」


そう前置きするセドリックを、ライアンは足を止めてゆっくり振り返った。


「なんだ?」

「アデル。精油変えたのかな。すごくいい匂いがした」

「え?」


ライアンは、思わず何度も瞬きを返した。
そんなこと、ライアンはまったく気にならなかったからだ。


「さあ? 何もわからないけど。屋敷に戻ってたことだし、母上あたりから持たされたのかもな」

「ふーん。じゃあまあ、そういうことにしておこうかな」


セドリックはそれで納得したのか、そう言いながらドアの前で腕組みをした。


「気に入ったのか? だったら母上に聞いておこうか?」


ライアンがそう続けると、セドリックはわずかに苦笑した。


「いいよ。アデルにはいいけど、僕にはちょっと甘すぎる。……バラの香りじゃあね」

「え?」


一瞬低まったセドリックの声が聞き取り辛く、ライアンは思わず聞き返した。
しかしセドリックは、ライアンを煙に巻くように「じゃ」と手を振る。


「お休み、ライアン。いい夢を」


そう言ってドアの向こうに姿を消すセドリックを、ライアンは狐につままれた気分で見送った。