入学式が済むと、新入生と担任の先生は各自教室に帰っていく。
副担任の僕は教室に戻ってもあまり意味が無いので、職員室に戻ることにする。
体育館を出ると、昇降口の近くで立っている副﨑を見つけた。
壁にもたれかかりながら、安堵した表情を浮かべている。

「副﨑」
「あ、先生」
「挨拶お疲れ様。しっかりと話せていたじゃないか」
「ありがとうございます。先生のおかげです」

彼女は屈託のない笑顔で僕にお辞儀をする。

「そ、それは良かった」
「先生があたふたしている姿を見て、気持ちが楽になりましたから。まあ先生のせいで話す内容忘れたんですけどね」
「ちょっと待て。どこから突っ込んでいいか分からないんだが。それにそんなこと言うのなら、こっちだって……」
「こっちだって?」

副崎が僕をじっと見つめる。
僕の方が二〇センチほど高いため、どうしても彼女の視線は上目遣いになるのだが、その眼差しはあまりにも純粋に疑問を投げかけていた。

「う……」

言えない。
君に見惚れて壇上に上がるのを忘れるところだったなんて、とても言えたもんじゃない。

「ふふっ、先生って面白そうな人ですね」
「ええ? 滅多に言われたことないんだけど」

今日初めて会った人、しかも先生に対してこの子はよくそんなことが言えるな。
悪気はないのだろうけど。

「あ、そろそろ生徒会室に戻らないと。先生、今日はありがとうございました。ではまた」

最後にもう一度笑ってそう言うと、副崎は足早に校舎の方へ駆けていく。

「うーん……」

今見た彼女と入学式の時の彼女は本当に同じ人物なのか。
今日何度疑っても納得できないほどの副崎の変わりように呆気にとられ、僕は暫くその場に立ち尽くしていた。


開いていた窓から、春風に舞う桜が入って来て、素早く僕の前を通り過ぎた。