「先生、何してるんですか? 早くこっちに来てください。たくさん水槽がありますよ!」

楽しそうに僕を呼ぶ声が聞こえる。
副﨑がしたお願い。
それは、水族館に連れて行ってほしいということだった。

「ごめんごめん、ちょっと待って」

彼女のお願いを聞いた時、僕は初め冗談だと思った。
だが彼女にふざけている様子はなく、本気でお願いしていた。

しかしなぜ水族館なのか。
彼女に理由を尋ねても、行ったことないからと言うだけで、それ以上は何も話そうとしない。
本来こんなお願いを聞き入れるのは許されないが、これで彼女を少しでも救うことができると考えたら、僕の中に断るという選択肢はなかった。

「あ、こっちにはジュゴンがいますよ。おっきいなあ」

水槽の中を見る副崎の目が、とても活き活きとしている。
今の彼女は純粋無垢で好奇心旺盛な、一人の女の子だった。

それにしても何故水族館に行きたいなどと言い出したのだろうか。
単純に行ったことがないという理由だけだとは思えない。
多分他に理由があるのは間違いないだろう。
だが、ここでそれを聞き出すのは得策ではない。
今は深く考えず、副崎ができるだけ水族館を満喫できるように心掛けよう。