暫くすると副崎は、彼女の家庭のことについてもう少し深く話してくれた。

「お父さんが仕事に打ち込むようになると、前よりも帰ってくる時間が遅くなりました。お母さんがいなくなって初めはすごく不安でしたが、お父さんは私のために頑張っているんだって思うと、私も頑張らなきゃって思ったんです。お父さんを心配させないために、家事をこなしながら、勉強もたくさんしました。生徒会を始めたのもこの時がきっかけです。結果自分で色々なことができるようになって、お父さんを安心させることができたんだとは思います。だけど逆にそのせいで、お父さんと話すことがほとんどなくなりました。高校に入ってからは、一度も顔を合わせない日だってあります。ただそれは仕方ないところもあるし、私も一応は納得しているんです。それになんだかんだで、お父さんは私のことを考えてくれている。だから私も我慢できる。そう信じていました。でも、この前……」

副崎は一度言いかけて、その先を話すことを躊躇う。
僕は彼女の方を向いたまま、何も言わずに言葉を待っていた。

「ふぅー……」

彼女は大きく息を吐く。
こみ上げる何かを抑えているようだった。
しかし副崎の目から、一筋の涙が零れ落ちる。

「この前お父さんが帰ってきた時、まだ起きていた私は、お父さんの分のご飯を用意しようとしたんです。けれどお父さんには、外で食べてきたからいらないって、私のことを気にする時間があるのなら、テストも近いんだし勉強していろって言われました。その時の声はとても冷ややかで、表情も何一つ変わっていませんでした。それを見て私は思ったんです。もう、駄目なのかな……って。お父さんは私のことなんて、どうでも良くなっちゃったのかなって……」

話している最中に副崎の鼻は真っ赤になり、流れる涙は止まらなくなっていた。

「副﨑……」
「ご、ごめんなさい……、こんな話をしてもどうしようもないですよね」

涙を拭いながら言う副﨑。
僕は彼女の後ろに手を回し、優しく背中を摩る。

「ありがとう、話してくれて」

僕は自分の無力さを、心の中で嘆いた。
彼女のこの話を聞いても僕にできることはほとんどない。
大丈夫だよなんて言葉は、彼女を余計に苦しめるだけである。
というよりここではどんな言葉をかけても、彼女を救うことなどできない。
僕にはこうして、彼女が落ち着くまで背中を摩ってやることぐらいしかできなかった。