蝉の声が騒がしくなり、本格的な夏を迎えようとしている。
生徒達は皆夏服へと衣替えし、僕も半袖を着る日が増えてきた。
夏休みが近くなってきたため、生徒達にとっては授業を受けるのが億劫になる時期ではあるが、それに負けないよう僕は今日も元気に授業を進める。

「それではこの合意が行われた理由を、誰かに答えてもらおうかな。説明してくれる人」

僕が挙手を促すと、一人の女子生徒が手を挙げる。

「お、じゃあ君、お願いします」
「はい」

返事をし、元気に席を立つ女子生徒。
だがその顔を確認した瞬間、僕は愕然とした。

「く、呉葉……」

その女子生徒は、今ここにいるはずのない人物だった。

「覚えていてくれたんですね、久田先生」

彼女は嬉しそうに笑みを浮かべ、こちらを見ている。

「なんで……なんで君がいるんだよ。この学校じゃないはずだろ。それに君はもう、卒業したはずじゃ……」
「先生の答えが聞きたくて、来ちゃいました。先生、私に何も言わずにいなくなっちゃうんですもん」
「ち、違う。違うんだ。それには理由があって……」

必死に弁明しようとする僕。
直後、彼女の顔から笑みが消え、虚ろな表情に変わる。

「先生、逃げないでよ……。ちゃんと私の気持ちに応えてよ……」

その声は悲しげで、何かに憑りつかれたような悍ましさが感じられた。

「やめろ……」
「ねえ先生、私のことどう思ってるの?」
「やめろ……やめろ……」
「先生……」
「やめろ!」