「お待たせちひろ。帰ろっか」

用事を済ませた美奈が、ちひろと合流する。

「美奈、あのさ――」

微かに顔を曇らせ、ちひろは美奈に何か言おうとする。

「何?」

美奈は、普段ちひろといる時と変わらない顔で彼女を見つめている。

「……う、ううん、なんでもない」

美奈の顔を見たちひろは、質問するのを止めてしまう。
美奈は一瞬疑問符を浮かべたがそれを投げかけることはせず、靴を履き替え外に出ようとする。
だがちひろは、その場から動き出そうとしない。

「ちひろ? 具合でも悪いの?」

美奈が心配そうな顔をして歩み寄る。

「大丈夫だから。帰りましょ」

ちひろは笑顔を作って答え、靴を履き替える。

“――久田先生と付き合いたいと思ってる?”

聞けなかった。
答えを聞くのが怖かった。
美奈の返答次第で、自分達の関係が壊れてしまうかもしれない。
これまで一緒に過ごしてきた親友を見る目が、一瞬にして変わってしまうかもしれない。
自分の一番大切な存在を失うころへの恐怖が、一歩踏み込む勇気を奪った。

もしもこの時きちんと、美奈の気持ちをちひろが確かめておけば、この後二人の間に罅が入ることは無かったのかもしれない。

彼女達が帰ろうとした刹那、その間を引き裂くように、突風が舞った。