「お前、久田のこと好きなのか?」
本当は聞きたくなかった。
だが聞きたくないと思えば思うほど、気になる気持ちは大きくなっていった。
そしてふと流れたいつもの沈黙が、彼の口からこの問いを吐き出させてしまった。
「え……」
美奈は困惑し、すぐに答えない。
それを見て優は確信した。
答えを聞かなくても、理解できた。
「そうなのか」
優は持っていた自転車のハンドルをきつく握りしめる。
そうしてもう一度唾を飲み込んだ。
「いや、あの……、最初は別にそんなことなかったんだよ。でもあることをきっかけに気になるようになって……。それで、球技大会の日に、好きだって気付いたの……」
歯切れ悪く、顔を赤くして照れながら美奈は話す。
そこにはなんの後ろめたさもない。
誰かに恋をして、誰かを好きになることを知った普通の女の子が持つ、純粋で無垢な想いが優には伝わってきた。
しかし彼にとって、そんなことはどうでもよかった。
ただただ美奈が、自分が思いを寄せる幼馴染が、他の男に恋をしているという事実だけが重要だった。
優は自転車のハンドルを更に強く握る。
今まで何万回とバットを振ってできた手のマメに強い痛みが走ったが、今の彼に気づく余裕などない。
「やめろよ……」
優は静かに言葉を発する。
「え?」
「やめておけって言ってんだ。あいつを好きになるなんて」
隣にいる幼馴染に顔を見られないよう、彼女のいる方向とは反対側にある自分の手の甲を見つめる優。
「な、なんで?」
美奈は訳が分からないという顔で優に詰め寄る。
そんな彼女の顔を見ることはせず、吐き捨てるように優は言った。
「生徒が教師に恋愛するなんておかしいし、気持ち悪いだろ!」
この一言が美奈の胸を鋭く突き刺す。
彼女の中で、何かが壊された瞬間だった。
「ど、どうして……そんなふうに言うの……?」
美奈の力ない声が、優の耳に弱弱しく届く。
「あ……」
思わず振り向いた優の目の前には、うっすらと涙を浮かべた幼馴染の姿があった。
「先生を好きになるってそんなにおかしいのかな? 私は、何かいけないことをしてるのかな……?」
幼馴染は唇を噛みしめ、今にも零れ落ちそうな涙を堪えている。