野球部の練習が終わり、優は帰り支度をしている。
仲の良い修平は先に帰ってしまい、今日は一人で帰宅するつもりだ。
着替えを終え、駐輪場を出ようとすると、校舎の方から出てくる幼馴染の姿を見つけた。
向こうも自分に気付いたらしく、声を掛けられる。

「あ、優君。今帰り?」
「ああ」
「じゃあ一緒に帰ろっか」

優と美奈は、幼稚園に入る前からの幼馴染である。
家が近く、お互い一人っ子で周りに同じ年代の友達もあまりいなかったため、昔から二人でよく遊んでいた。
幼稚園から中学校まで一緒の学校に通い、高校でもまた同じ場所を選んだ。
高校に入り頻度は減ったが、時間が合えば今でもこうして二人で帰ることもある。
美奈が球技大会で倒れた日も、優が美奈を送っていく形で一緒に帰宅した。

「今日も部活?」
「おう、大会が近いからな」

優は自分から多くを語る性格ではない。
そのため二人で帰っている間も、大抵話を始めるのは美奈の方からである。

「そっか。大会っていつから始まるの?」
「抽選次第。早ければ七月九日」
「えっ⁉ ならテスト終わってから、二週間ぐらいしか間がないじゃん」
「そう。だから許可貰って練習してる」
「それは大変だね。勉強はできてるの?」
「ぼちぼち」
「分かんないところがあったら、この前みたいに教えてあげるから言いなよ」
「ああ」

優は誰に対しても、普段からこんな感じである。
球技大会の日は美奈のことを心配していたため、あれでも口数が多かった方だ。

会話が途切れ、二人とも何も声を発しない時間が続く。
といってもそこに気まずい空気はできず、二人は無理に話題を作ろうともしない。
無理に気を遣わないこうした静かな時間があることで、お互いに落ち着いた気持ちになる。
   
しかし今日は、その心地良いはずの沈黙が、二人を引き裂く引き金となってしまう。

「なあ、一つ聞いていいか?」

優がにわかに立ち止まり、話し始める。
美奈は珍しく優から会話を始めたことに驚きつつも、返事をする。

「うん、何?」

優は一度と唾を飲み込む。
渇いた喉に対する、気休めのように。
そして、不思議そうに自分を見つめる幼馴染に、一つの質問をした。