声をかけてきたのは、国語担当の山川哲子(やまかわてつこ)先生。
柔らかな口調で話す、おっとりとした顔立ちのベテランの先生だ。
雑務などで三日前からここに出勤しているが、山川先生とはその間に何度かお話ししている。

「ええ、大丈夫ですよ」
「ではこちらにある物を資料室へ運びたいので、ついてきてもらってもいいですか?」
「はい」

山川先生と僕は、職員室の机にあった何冊かの教科書を資料室に持っていく。

「これ、去年まで使われていた教科書ですよね。なんで職員室にあったんですか?」
「おそらく誰かが片付け忘れたのよ。とりあえず古い教科書は当分必要ないから、資料室にしまっているの」

資料室には受験対策の問題集や過去の新聞等、様々なものが置いてある。
その中の一部は、授業か何かで使われた形跡が見られる。

「ここにあるものって、今でも使われているんですか?」
「そうねえ、去年あたりからよく使う人が出てきたわ。アクティブラーニングの実践のためにと言ってね」

アクティブラーニング。
近年、教育現場で促されている授業の進め方だ。
生徒が教師の話をただ聞くだけの授業形態を見直し、積極的に発言したり話し合いをしたりする機会を取り入れる。
そうして生徒達に自分から学ぼうとする意欲と、考える力を高めてもらうことが狙いだ。
といっても、まだまだその施行がうまくいっていないのが実情だ。
僕も二年間非常勤講師としてアクティブラーニングに取り組んだが、結局どうしたら正解なのかがよく分からない。
周りの先生達もここの人達と同じように新聞を使う等していたが、どうしても手探りで進めている感じになり、これで良いものかと悩んでいた。
こうした状況を考えると、この問題の解決にはこれからも時間がかかるだろう。