いつもより波の音が大きかったが、それくらいの方が今の私には心地良い。
吹き荒れる潮風は、私を優しく抱きしめてくれているようだった。

思わず教室を飛び出してきてしまった。
けれど、あそこの教室にはもう私の居場所がなかったのも間違いない。
あの場で感じた孤独を思い出すと、恐怖で身体中が締め付けられる。

「先生……。久田先生……」

こんな時でも、私は久田先生を求めてしまう。
二人で水族館に行っていたことが発覚し、ただでさえ迷惑が掛かっている。
しかも私がこうして逃げ出してきたために、久田先生は一層追い込まれてしまっただろう。
それなのに、ここに久田先生が来てくれるのを願う自分がいる。
先生が傍で手を取ってくれるのを望んでいる自分がいる。
なんて私は独りよがりなんだろう。

波の音が強くなる。
このまま海に呑まれて、どこか遠く誰もいない場所へと流されてしまいたい。
私の存在をも海に沈めて、何もかも無かったことにはできないのだろうか。
そうすれば誰かに迷惑を掛けることもなくなるし、傷つくこともない。
強まっていく波の音が、私を誘惑しているように感じた。

私は唾を飲み込む。
防波堤にのぼり、一歩、また一歩と海に近づいていく。
よたよたとした足取りだが、それでもはっきりと、私の目に映る海面が広がる。
気が付くと、私はあと一歩で海に入るところまで来ていた。

「よし……」

これで、全部無かったことにしよう。
久田先生と出会ったことも、久田先生を好きになったことも、全部無しにしよう。

私は、全てを消し去ってくれるであろう大海原へと最後の一歩を踏み出す。
最期に一度だけ、先生の顔を見たかった……。

「副﨑!」

その刹那、誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。
宙に浮いた状態で声の聞こえた方へと振り返ると、一瞬だけ久田先生の姿を確認することが出来た。

「良かった。先生の顔が見えた」

私は満面の笑みを浮かべ、海へと沈んでいく。
海中はとても温かく、私を歓迎しているようだった。
冷え切った私の心を優しく包み込んでくれる。
このままどこか遠いところへ連れて行ってほしい……。