「くそっ、本当かよ」

藤澤が両手の拳を握る。
歯を食いしばり、懸命に自分の気持ちを押し殺しているのが伝わってきた。
彼のその姿を見た僕は、以前山川先生が言っていた話を思い出す。
藤澤は長い間、副崎に片想いをしている。
山川先生の予想は当たっていたのだ。
その時ようやく僕は、彼がこれまでにした僕への言動と、攻撃的な態度や行動の意味を理解したのだった。

「……で?」

藤澤は、煮えたぎる思いを放出するような声を発する。

「で?」
「それであいつに、なんて返事したんだよ」
「ああ、それか……」

藤澤の気持ちが分かった途端、自分がより一層恥ずかしくなる。
彼は逃げなかった。
逃げずに僕に立ち向かってきた。
そして今も、逃げることをせずに事実を知ろうとしている。
僕はその気持ち裏切ってはいけない。

「一度は断ったさ。教師と生徒という立場である以上、当然付き合うことはできないとね。けどその後、彼女に言われたんだ。もしも僕らの間にそういう関係がなかったら、どうなんですかって」
「それにはなんて答えたんだよ?」
「答えられなかったよ……。答えられなかったんだ。何も返せずに終わってしまった……」
「え……」

藤澤は飛び出そうなくらいに目を見開き、小さく口が開く。
おそらく彼は、そこで全てを察したに違いない。

「海にいるよ……」
「えっ?」

暫く黙りこんでから、堪えに堪えた声で藤澤が呟く。
その後彼は力なく、僕の胸に右手の拳を当てた。

「あんたも美奈を捜してるんだろ。あいつが居そうなところは一通り見てきた。後はもう、ここの近くにある海しかねえんだ。小さい頃からあいつは、あそこへ行くのが好きだった。海を眺めると気持ちが落ち着くらしい」
「藤澤……」

僕は彼の拳の上に手を乗せ、ゆっくりと開く。
そして彼の右手の掌と、僕の左手の掌を合わせる。

「ありがとう。行ってくる」

僕がそう言うと、藤澤の口元が微かに緩んだのが見えた。

「美奈を……頼んだ」

僕はその言葉にしっかりと頷き、海の方へと走り出す。
僕が去ると、藤澤はその場に項垂れるように跪いた。