これまで双浜高は、バスケ部と吹奏楽部が入れ替わり立ち代り生徒会を仕切って幅を利かせてきた。そんな交互・独裁の歴史がある。
バスケ部は県大会で優勝&インターハイと名を馳せ、学校の名誉に貢献。その一方、吹奏楽部は年間を通してコンサートやイベントなどで収益をあげ、それが生徒会費をグンと跳ね上げる。
それぞれ自然と物言いも多くなるのだ。
「あの……そんな話を俺にされても」
「まぁ、世間話だから」と、書記の松下先輩は穏やかに笑った。
今の会長は吹奏楽部。幸い、権力を振りかざすというキャラではない。強く出ない吹奏楽部をこれ幸いと、今度はバスケ部が言いたい放題で出しゃばる。そんなら吹奏楽部だって黙ってはいられないゾと、会長を通じて生徒会を操ったり操られたり。
「あの……てゆうか、そんな話を俺にされても」
「だから、単なる世間話だから」
つまり、そんなバカバカしい争いが、毎年人を変えネタを変え、繰り返されてきたという事で、松下先輩も、いずれそんな辛い立場に立たされるんだと愚痴を言いたいらしい。(ですよね?)
今日の部活も不完全燃焼のまま、俺は松下先輩と共に生徒会室に来ていた。
目下の所、頭を悩ませているのが、夏の体育館利用申請……漢字の羅列を見ているだけで頭がヤラれてしまう。見ると、毎度使用しているお馴染みの団体はもちろんだが。
「やっぱ今年も、吹奏楽がステージ使って練習したいって言うらしい」
会長を通じて、放り込んできた、と。
吹奏楽部は目下の所、我が双浜高において1番の稼ぎ頭だ。そして夏は運動系だけのものではない。松下さんが予定表を広げて、さっそくステージの領域に吹奏楽部のチェックを入れた。ふと、バスケ部の申請に目を通すと……一週間のうち丸々3日間、連続で独占を主張している。
「まず、そんな訳に行かないよなぁ」
「ですよね」
バレー部県大会予選が目前である。ケンカを売っているとしか思えない。
「100歩譲って、これを許可したとして。体育館は炎上だな」
ステージとフロア。〝楽器〟対〝筋肉〟の2大対決だ。
それはそれで見てみたい気もする。
「こういう無謀な要求って、永田先輩はどう思ってるんですか」
「んー……ま、出してきたのは3年のキャプテンだから」
だから永田さんは無関係だと?そんな訳ないでしょう。
松下さんと永田さんは2年で同じクラス。性格上という事もあるだろうが、バスケ部という立場が影響してか、どちらかと言うと永田さんの立場が強いと感じる。松下さんが文句を言えない事情も分かる気がした。1番強く言えそうな立場の吹奏楽部・生徒会長が「勉強したいから」と仲々この場にやって来ないので、実権は2年が……2年のバスケ部、永田さんが握っていると言っても過言では無い。だけど、こうやって作業の殆どは松下さんがやってる訳だから、永田さんに対してもっと強く出ていい筈だ。
そこまで考えてハッと気付く。
バレー部とバスケ部の力関係において、これってまるで……俺と永田の図だ。
俺は永田に対して、かなり強く出ていける。間違いなく。ただ、暑苦しい、ウザい、鬱陶しい、そんな理由で、真っ正面からぶつかる事を避けてきた。それは認めよう。永田先輩が暑苦しいとかウザいとか、そこまではないにしても、松下さんにとって目の上のタンコブである事は間違いない。
「永田んちの弟は鼻息荒いな」
てゆうか話そらしましたね。
まぁ、ここは騙された振りで、その話題に乗るとしましょう。
「ほんっとウザいです。てゆうか、ああいうオラオラ系は夏の迷惑です」
夏の県大会前に行われたバスケの練習試合。永田は1年でメンバー入りを許された。この辺が、またまた俺自身とダブる。永田はその試合で何度かゴールを決めて得点に貢献はしたものの、その後は立て続けにファウルを取られ、これ以上ペナルティを食らうまえに外された。こうなって初めて俺との性質の違いがくっきり出てくる。
「充分に練習させてもらえないから失敗したって、こっちが文句言われちゃったよ」と、松下さんは苦笑いした。穏やかな先輩には言いたい放題だ。ふと、俺の脳裏に、右川が永田をヤリ込めた場面が浮かぶ。
「まともに相手にしなくていいですよ。適当にゴマかしとけば、勝手に通り過ぎますから」
あいつは単なるバカです。
そこに、金庫番で腰巾着で会計係の阿木キヨリを連れて、永田さんが生徒会室に入ってきた。
その長身は自分とひけを取らない。弟と違って色白、栗色の柔らかそうな髪の毛、女子に向けられる優しい眼差し、スマートな外見は一見、草食系だ。だが、そんな見掛けに騙されてケンカを売ったとしたら、痛い目に合う。うっかり見てしまった腹筋のタテ割れは圧巻で、脚も腕もかなり鍛えられていると見た。俺と松下さんが2人掛かりで向かったとしてビクともしないだろう。返り討ちで血を見るのが必至だ。
柔らかい物腰は、主に3年&女子に向けて。筋肉の圧力は、主に同輩&後輩の男子に向けて。そうやって器用に使いこなしているのだ。だから1部を除いて(吹奏楽部)、向かう所、敵は居ない。そんなアンビヴァレントな魅力にハマってしまう女子も多いと聞くが……ひょいと阿木を見た。
おかっぱ頭はまた少し伸びたが、相変わらず、能面のようなその表情。その冷静さを買われて生徒会に推薦されたと周りは見ているけれど、永田さんに貼り付くその様子からして、何か他に目的があるんじゃないか。
と、俺は見ている。
「永田さん、水泳部が追加を要求してきましたけど」
「まだ予選突破と決まった訳でもないのに、気の早い」
「どうしますか」
「了解!……と、ハッタリ構しとこう」
そう言って笑う永田さんを、阿木はどこか呆れた様子で眺めた後、松下さんにその書類を渡した。
阿木が、永田さんの魅力にハマっているとは到底思えない。魅力は恐らく、もっと現実的な。
「あのさ。ヒロトって、友達からバカとかアホとか言われてんの?」
永田さんに、いきなりそう尋ねられて、こっちの心臓は跳ねた。
さっきの心の声が伝わってしまったのか。何て答えよう。永田さんと松下さんを交互に窺って、目が泳ぐ。
〝ソンナコトアリマセン〟だけど阿木が居る。嘘はすぐにばれると思った。
「たまに……あ、アホは無いですけど」
結果的に、バカと言われている事がダダ漏れ。「すみません」と頭を下げる。
意外にも永田さんは豪快に笑って、
「ヒロトにはオレも困ってんだよね。いつも言ってんだけどな」
そうは見えないですが……この心の声、聞こえてたまるか。
「ヒロトに彼女でも居れば、少しは落ち着くかな」と、永田さんは意味ありげに眺めてくれる。
俺のように彼女が居れば?
それとも、朝比奈のような彼女が居れば?
永田さんがどこまで弟の愚行を理解しているか知らないが、永田とも朝比奈とも同じクラスの阿木キヨリが側にいる事を思うと、弟の様子は逐一、知らされているような気もする。女の勘は鋭いと言うし。
「妙にやる気でさ。ゆくゆくは会長に立候補するとか言ってるし」
「いいんじゃないですか。ああいう人が会長になったら、意外とリーダーシップを発揮するかもしれません」
阿木が、それを本気で言っているとは思えなかった。恐らく、阿木は次期も、そのまた次期も、生徒会を狙っている……そんな気がするからだ。永田さんに取り付く、まさにそれこそが本願だろう。
と、俺は見ている。
「おまえ、来年とか出る?」と永田さんは、松下さんに尋ねた。「うーん」と、松下さんは、どちらとも取れない態度を見せる。そういう話は、2人だけの時にやってもらいたい。
俺は無関係とばかりに、だんまりを決め込んだ。
突然、スッと目の前に1枚の紙が置かれて。
〝吹奏楽部 8月の定期演奏会&夏のチャリティ・コンサートのお知らせ〟
「また金集めだよ。欲張りやがって」
永田さんは忌々しそうにチッと舌打ちした。
バスケでは、どんなに頑張っても金は生み出せない。吹奏楽部に向かう妬みはハンパないのだ。恐らくその辺が理由だろう。永田さんは1年生の分際で会長に立候補。この2月に行われた会長選挙で吹奏楽には負けて、しかし何故か副会長に指名されて、今に至る。このまま永田さんが持ち上がれば、来年はバスケ部が頂点に君臨する生徒会。そのまた翌年、今度こそは負けないと、俺達の代には吹奏楽部がデバって……くるだろうな。思い当たる顔が1つ2つ浮かぶ。松下さんが愚痴を言いたくなる気持ちも分かる気がした。
「沢村は、来年も生徒会やってくれる?もしオレが指名したらさ」
「え……」
「書記でいい?」
やっぱりここでも、永田さんと松下さんを交互に窺って目が泳いだ。
「来年は、俺……いや僕は、やらないんじゃないかと」
自分以外の周りの顔色を伺いながら、まるで他人事のように呟いた。松下さんの、すがるような眼差しが、妙に引っ掛かる。阿木キヨリも……誰にも負けない鋭い眼差しで、永田さんに引っ掛かっていた。