……右川亭。じゃなくて〝やました〟。
ラーメンを食い終わった所に、ちょうどいいタイミングでアイスコーヒーが出てきた。「おごりだよ」と、山下さんに言われて、右川がブーブー言いながら出してくれた訳だが。
そのタイミングで、秋の新作映画の前売りチケットを、ノリにくれてやる。「え、いいの?」「彼女と仲良く行ってくれ」朝比奈と会うのに、俺の方はノリを言い訳に使ってしまったから、そのお礼だ。
「悪かったな」と言うと、「そこは、ありがとうだよ」と何も言わなくても、分かってくれる感じが助かる。
「足、気を付けたほうがいいよ」と余計な事も忠告してくれた。
「足が、どうかしたの?」と山下さんに訊かれて「いえなんでも」と、ノリと2人でテーブルに潰れる。
「ただただ、短いんだよ」と笑った右川は、「こら」と、山下さんからゲンコツを食らった。
「洋士が……僕と右川さんに何かあるんじゃないかって疑ってるんですけど」
ギョッとする。話題を変えるに、もっと他にいくらでもふさわしい事があるだろが。そして、何かあったのは、実際はノリじゃなくて俺の方だから、なおさら居たたまれない。
「まだそんな事言ってんの。バカじゃないの」と、右川が俺を睨んで毒づいた。
「いいよ。こんなので良かったら。カズミを彼女に貰ってやってよ。井川くん」
山下さんがにっこり笑ったら、右川の方が慌てて「やだやだ、絶対やだ!」と包丁を握ったまま大暴れ。
そこまで思いきり否定されて、ノリも少々ショックのご様子だ。それを見ていたら可笑しくなってくる。
笑い混じり、「残念。ノリはもう相手が居ますから」一応、助けてやるか。
「そうなの。そりゃ残念だな、カズミ」
「だーかーらー、足の短いのは嫌なの。圏外!」
洋士だったらもう居ませんけど……ノリはそう言い掛けた。確かに言い掛けた。
彼女と離れたばかりで傷の癒えない友達にそんな酷い事は言えないと、真面目なノリらしく1度は黙って。だけど、言いたくて言いたくてしょうがないと目が泳いでいる。
「言うな」
はっきり脅した。それは地雷だ。それで山下さんから都合良く目を付けられたらと思うと、いくら俺でも震えが止まらない。右川と付き合う?やだやだ、絶対やだ!
右川亭から出る時、「朝比奈さんによろしくね。また2人で来てよ」と山下さんから声を掛けられて、そこで自分から話した。だったらカズミを!とは言われなかった。(そこまで鈍い人ではない。)
「それは寂しくなっちゃったね」
色々言わなくても分かってくれる、この感じ。さすが兄貴。ノリと同じ。俺の味方。自然と笑顔になれる。店先でしばらくは何でもない話に沸いた。山下さんの背後では、右川が包丁を握ってこちらを恨めしそうに睨んでいる。これで身にしみて分かっただろ。置いてけぼりの切なさ、大切な存在を誰かに奪われる悔しさが!
かなり、いい気分で店を出て、ノリと一緒に駅方面に向かう。2人だけで帰るのは思えば久しぶりの事。いつも工藤や黒川が居るし、ヤツらが引けても俺には朝比奈がいて、ノリにも彼女が居て……部活が終われば、それぞれだった。
「足の事だけどさ」
「ん?」
「右川さんから訊かれるんだけど。何だか言いづらくてさ」
ノリは苦笑いする。
「右川さんみたいな女子ってさ、色々と、まだだよね」
「だろうな。どう頑張っても彼氏はムリだろ。小学生だし幼稚だし」
ノリの言う色々の1部に関しては、俺は言葉を失う。これはノリにも言えない。墓場まで持って行く。
「だーかーらー、小学生とか幼稚とかは可哀相だって」
「だーかーらー、ってその言い方止めろ。てゆうか、小学生って言ったのノリだろが」
「僕は、妹って言ったんだよ」
同じ事だ。ノリって、シスコン?それは聞かなかった。
ある意味、地雷のような気がする。
「そういや、ノリの彼女って、ちょっと妹系入ってない?ちょっと見、後輩に居そうな感じで」
「でもないよ。中学んときに比べたら、かなり髪の毛伸びちゃって、感じ変わったから」
「へえ」
高校デビューで雰囲気がガラッと変わる女子も居る。学校が違えば心配は尽きないだろうな。
「これから彼女と会うの?」
「いや、塾が」
「ごまかすな」と、すかさず俺は突っ込んだ。「塾で、彼女と会うんだろ」
ノリらしく俺に気を使ったようだが、ここまで言われるとさすがに誤魔化せないと勘念したのか、「バレたか」と、いつもの嬉しそうな照れ笑いを浮かべる。
いつものようにノリがニコニコと改札に消えて、独りになる。
またいつものようにコンビニに立ち寄って、雑誌を開いた。
隣には誰もいない。
約束も無いし、予定も無い。
しばらくは、合コンの予定も何も、入れないでおく。
そんな真っ白な今に、ただ思いを飛ばすのだ。



<Fin>
※お付き合い頂き、ありがとうございました。
※程なく続編UPします。

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メンバーが高2に進級した第3話。
生徒会にはルーキー・浅枝アユミが登場♪
「沢村先輩、あたしと競争しませんか?どっちが先に相手を見つけるか」

右川には、さらなる敵が現れる……吹奏楽部・重森ヒロム。
「これから始まる選択試験。点数の多い方が勝ちな」
重森と、まさかの頭脳バトルが勃発。
「勝ったら、おまえ一体いくら欲しいの」
「1176円♪」
意地とプライドと少額(?)を賭けて、沢村もこれに参戦。
結果は……?

そして、相変わらずいがみ合う、沢村と右川。
そんな2人にも雪解けが……。

〝普通に友達、と言う舞台に上がる事が出来た。少なくとも、俺はそう感じた〟

2人はちゃんと仲直りする事が出来るのか……お楽しみにっ♪
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