ドンガラガラガラガラ!
遠くに居ても何故か分かってしまう。永田が……バカの方が、バスケ部の仲間を引き連れて団体でやってきた。やってきてしまった。
「沢村ぁーッ!こんな、クソ湿気た所でデートかよッ!」
「そのクソ湿気た所に、さっきまで兄貴も居たぞ」
「げ!」
永田は、急に辺りを注意深く探り始める。やがて、周囲にそれらしき人物が居ない事を確かめると、ドンガラガラガラ!また雄叫びを上げた。バスケ部集団の目線が、俺と朝比奈に厳しく集中。ほくそ笑みながら、これ見よがしに俺達のすぐ横にスポーツショルダーをドカドカと投げて、テーブルを占領する。
そろそろ行こうか……俺が朝比奈に目配せするより早く、「空いてんから、こっち来いよッ!」と、永田が朝比奈の荷物を強引に連れていってしまった。それを取り戻そうと朝比奈が体を移動したら、それを狙ったように素早く肩の辺りを引っ張って、その場に座らせてしまう。あまりに巧みな扱いに、ムッとくるよりギョッとした。今日はえらく強引だ。いつかのように、朝比奈の前に出たら萎んでしまう人間とは同一人物に思えない。当の朝比奈が困った様子で訴えるので、成り行き上仕方なく、横滑りに俺も移動した。
永田は仲間の並ぶマックの行列に、当然という態度で割り込んで買い物をすると、「おまえらも飲めよぉ」と、気前よく俺の分も(もちろん朝比奈の分も)、ドリンクをオゴると言って、持ってきた。
「マジか……」
何か悪い事でも起きる前兆だろうか。猛獣と合席。これ以上のどんな悪い事が?
他のバスケ仲間は、荷物はこの場に置いたけれど、座り込んだのはその先のテーブルだった。手際良く囲われたと感じた。荷物に囲まれて、俺と朝比奈と永田が並ぶ。とにかく落ち着かない。もう全く落ち着けない。飲み物をオゴられた手前、しばらくは立ち去る訳にもいかないと仕方なく居てやるが、これは一体どういう企みなのか。
永田はドリンクを一気飲みした。
「沢村ぁ、おまえ会長に立候補する根性ないんだって?」
「まだ言ってんのかよ。会長って……俺らまだ1年だろ」
「じゃあれかよ、松下とかいう2年が狙うっつーか?」
永田兄貴の仲間が、まだ居るかもしれない。下手な事も言えない気がした。
「知らねーよ」
「バレー部だろッ!何も聞いてねーのかよッ」
「だから、まだ1年だし。部外者だし」
「生徒会に居て部外者って、おまえはそれで腹立たねーのかッ!」
「立たねーよ」
「どれどれッ」と股間に迫る永田の手を、間一髪、振り払った。その手の言葉に過剰に反応。永田はいつも狙って機会を窺っている。ウ○コで1日笑う小学生と何処が違うのか。やれやれ。
そこから永田の矛先は朝比奈に向いた。
「ハッキリしねー奴。こんなヤツのどこがいい訳?もう別れちゃえよッ!」
ストレートに踏み込んできやがったと思うが早いか、朝比奈の肩に手を乗せている。これは超えた。
「自分がいいとか思ってんのか」
永田の手を払い除けたら、それが思いがけず勢い余って、朝比奈のドリンクまで弾き飛ばしてしまう。
横倒しのドリンクはふたが外れて中味がテーブルを伝って流れた。トレイがバランスを失って床に落ちると、これがかなり大きな音になって、周囲の、それもバスケ部集団の視線が俺と永田に集中する。
とりあえず落ちたトレイを拾おうとして俺が立ち上がると、何を勘違いしたのか、永田は慌てて立ち上がって拳を構えた。
……いや、違うから。
成り行き上、お互い緩く睨み合ったものの、そこから何かが飛び出すほどの怒りも勢いも、俺も無かったし、永田にも全く感じられない。「ケンカやめようよ」と朝比奈が言ったか言わないか、だがすぐ横でバスケ仲間が、「うりゃー!」「とうとう来た!」「やっちまえ!」と囃し立てる声に掻き消された。
仲間に煽られている。
朝比奈が俺側に付いている。
永田は後戻りできないと感じたのか、さらに近付いて来て、俺の襟首をグッと掴んだ。しかし、手が震えている。勢いで大ごとになっちまいそうなんだけど、どうしよう?そう言ってる目に見えた。そうと分かるから……尚の事、こっちも手が出せない。つーか、どうしろっつうんだよ。
「永田っ!そいつの弱点は足だっ!」「短い足だぁ♪」「顔だ!顔をブッ潰せっ!」「すでに半分潰れてるぅ♪」
やけに耳障りな声にちょいちょいキレそうになりながら、俺は引き下がれない空気を感じた。だからと言ってそれに乗っかるという訳にもいかないだろ!
そこに、何かがテーブルの上、ちょこんと乗っかる。
「よ♪」
右川が、俺達のテーブル上に正座していた。相変わらず空気読まない。フタがあったから良かったようなものの、俺のドリンクを横倒しにしてそのままだった。困惑する周囲を物ともしない。
「あ、間違えた。こっちの永田は偽物の方だったぁ♪」
テーブルをひょいと飛び降りて、持ち込んだトレーを置くと、朝比奈の向かい側に座った。
「あぁ!?誰が偽モンだよッ!?」
「なんちゃっての永田くん♪破壊力抜群♪もう最強♪レベル99♪永田くんのモテ期来たぁぁ!」
「うるせぇ!チビが生意気タレ流してんじゃねーよッ!」
今回ばかりは、さすがに永田も騙されなかった。(学んだようで。)
なんちゃってとか偽物とか言われて、一時的に永田の矛先は右川に反れた。俺も永田もどうしていいか。対峙したものの収拾がつかなくなっていたので、正直助かったと言えるかもしれない。お礼?言う訳無いだろ。
ここはチビのせい、という事で一時休戦。正気を取り戻したバスケ軍団は、「何だよぉ。つまんねーな」とかブツブツ言いながら、ケチのついたこの場を離れて、それぞれが少し離れたテーブルに落ち着いた。
俺と永田は表向き、憮然と席に着く。朝比奈は目に見えてホッとしている。
見れば、右川はその場にちゃっかり居座ったまま、恐らく永田さんにオゴらせたであろうポテトとシェイク&バーガーセット(!)を、もぐもぐと食べ始めた。とりあえず俺は倒れたドリンクを戻してみたり、そこら中を拭いてみたり。しょうがないから永田の様子を窺ってみたり。
俺。朝比奈。永田。右川。
当然というか、4人のテーブルは異様な静けさに見舞われた。
が、永田がいつものクセで制服ズボンのポケットに手を突っ込むと、
「ね、朝比奈さぁん。そういうカッコつけは女子に評判悪いよって言ってあげて。永田くん、ぶぅ♪」
「うるせえな。そんなんじゃねえよッ」と、すぐに永田の手はポケットから飛び出した。
「沢村のオンナが何て言おうが……オレが知るかッ!」
「ね、朝比奈さぁん。こういうの、強く否定すればするほど増々怪しいよね。永田くん、ぶぅ♪」
「あぁッ!?」
永田が勢いよく立ちあがると同時に、右川はシェイクを、ぢるッと吸った。その間抜けな音があんまりハマってツボったのか、朝比奈が思わず吹き出す。右川が最後までしつこくシェイクを、ぢるーーーッと吸い込んでいる間、ずっと朝比奈がコロコロ笑っているので、永田も色々とバカバカしくなってくるのか、次第に戦意が目減りしていく。ちッ!という舌打ちで収まった。
右川はゲホゲホと咳込んで、「もう、バカが変な所に入ったじゃんかぁー」と、またゲホゲホ。
「るせぇ!こっちに病気うつしてんじゃねーぞッ」
「ごめぇーん。すまんのぅ。さーせん。てか永田くんも病気じゃない?大丈夫?顔が変だよ?」
「てめー本気で殺すゾッ!」
俺と朝比奈はすっかり蚊帳の外だった。怪獣とチビの低次元の言い争いに発展している隙に、「ちょっと100均で買い物してくる。すぐ済むからここで待ってて」と朝比奈が居なくなった事に何の言及も無い。
永田は、「むこう行けよッ!」と、右川に捨てゼリフを吐いたものの、「あむ。あむ。あむ」と右川は機械的に口を動かし、他所に移動する気配を見せないので、それに痺れを切らした永田の方が先に仲間の元に行ってしまった。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
「おまえも、さっさと仲間んとこ行けよ」
もぐもぐ。
もぐもぐ。
「ウザいから。行けって」
「あんたさ、あたしに向かってそんな態度でいい訳?」
右川はこれ見よがしに口元を歪めて見せた。そこにポテトをまた1本、口に放り込む。
言わんとしているのは、いつかの……アレだな。いつまでもコソコソしていたら身が持たない。こうなったらとばかりに、俺は覚悟を決めた。
「とうとう来たか。脅迫。で、何が目的だよ」
「てゆうか、1度くらい謝るとかないの」
「謝ったら……忘れてくれる?」
もぐもぐ。
もぐもぐ。
ワザとらしい口元だった。さっきのポテトはとっくに飲み込んでいるはずだ。口を動かす間、右川は1度も俺の顔を見ない。声が聞こえなければ、ひたすら食っているだけのチビに見えるだろう。
俺はさっそく切り札を取り出した。
「おまえの兄貴って、今どこの大学行ってんの」
「マックのラテってさ、超美味いよねぇ♪」
そう来るか。
「去年、生徒会ってことはさ、いま大学1年だよな」
「この香りがスタバにも負けてないって感じするぅ♪」
「兄貴って、名前なんて言うの」
「チョコレートが欲しくなるよねぇ♪」
「学部とかサークルとか彼女あたりは?居るの?」
「あ、ほら!スマホが光ってるよ!」
「あ、そうか。山下さんに聞けばいいか」
一瞬で目つきが変わった。が、すぐにワザとらしくニッコリ笑うと、
「朝比奈さんって、急にどことなく感じ変わったよね。2人共、何かあった?」
そう来るか。
一瞬、うるせーよ!とキレそうになる。
だが、それを言ったら話が終わってしまう。
「なんつーかさ、朝比奈さんって美人系じゃん?頭も良いじゃん?スタイルもいいじゃん?そこまで揃ったら付き合う相手は超掟破りでクソほどアホじゃないと世の中に不公平だよね。あんたお似合い♪」
「……」
「ま、その分、男を見る目が無くてお釣りが来るか。朝比奈さん崩壊♪」
「……」
「そう言う事ならあんたじゃなくて、バカの方でも良かったかもね。頑張れ、なんちゃっての方♪」
俺はドリンクのカップを握りしめる。右川にイジられっぱなしのまま、ただひたすらブチギレそうになるのを我慢して、俺は黙り込んだ。うるせぇ。フザけんな。そうはいくか。都合よく追い出されてたまるか。
いつの間にかカップは半分潰れて、中味が少々こぼれていた。
無反応な俺に飽きたのか、右川は、「るーるるー♪」と歌いながら、今度は手元の紙ナプキンをちまちまと折り始める。何故だ?会話に何の進展も無いのに、右川はこの場から去ろうとしない。まだ何かあるのか。急にその思惑が気になり始める。
「で、おまえは一体何がしたいんだ」
「で、ノリくんから、何か聞いた?」
は?
急に方向性が変わった。含みを持たせているのは相変わらずだが……ノリ?
「何でノリ。ノリが何を?」
右川は何も答えないまま、残り3本のポテトを口に放り込んだ。お口がいっぱいで答えられないよーん♪とでも言いたいのか。「おまえな!」俺は、右川に向かって指を突き付けた。
そこから右川は急に、俺の目をジッと、深く、覗き込んでくる。その目は責めているようには見えないけど。
お互いの思惑を探って、テーブル斜め対角線上に睨み合った。ぢるっ!と右川はドリンクの最後をすすった。「おえっ!」とワザとらしくえづいたと思ったら、
「汚いもん見て気持ち悪くなってきた……話通じないみたいだから、いいや」
右川はトレーを持って、ぷいと行ってしまった。あんまり素っ気なくて、引き止める隙も無い。
またこれだ。
いつも話を途中ではぐらかしたまま逃げて行く。こっちはそれを聞くまで気になってしょうがない。右川は、そんな心理戦がお得意なのだ。タチが悪いとしか。
まぁいいか。
こっちが思う程、右川はいつかのアクシデントを根に持っていない事が分かった。そうなると、それも何だか悔しい気がして、こうなったら兄貴の件とか山下さんの事とか、出会い頭にグイグイと捻じ込んで、しつこく右川をイジってやろうか!
だが、結局は右川の策略にハマってしまったのかもしれない。
朝比奈と駅のホーム、人目を避けて別れのキスを交わすまで、ずっと頭の中を巡っている。
〝何か聞いた?〟