――「すごくヨかったよ、ありがとう。また会ったらその時はよろしくね」


男の言葉と同時に私の手に握らされる3枚の福沢諭吉。
それを見て安堵する。
時折、報酬を払わずに行為が終わればそそくさと帰ってしまう輩もいたからだ。
中にはホテル代も払わずに、私がシャワーを浴びている間に姿を消していた奴もいた。
なんとも遣る瀬無い気持ちにさせられる。


「帰るね。さよなら」


私は服を身に纏って男よりも先にホテルを出た。
外に出ると再び冷たい風に包まれる。
ぶるっと体を震わせ、さぁ帰ろうと踵を返す。
随分と遅くなってしまった。
先程まで煌びやかだった街も少しずつ暗くなり、人気もなくなる。

母はもう寝てしまっているだろうか。
私も、今日はなんだか疲れた。
帰ったらすぐに寝てしまおう。

そんなことを考えながら歩いていると、家はもうすぐ目の前だった。
築何十年にもなるボロアパートの二階が母と私の家。
階段は鉄製で、所々に錆が生えている。
私が階段を昇がると同時にカンカンと高い音が鳴った。
こんな深夜に、と近所迷惑かもしれない。
家のドアを開けると中は勿論真っ暗。
「ただいま」と小声で言ってみるが返事はない。
が、家の奥からTVの音声が聞こえてくる。
靴を脱いでリビングに向かうと、母はTVの前で毛布も掛けずに寝ていた。
床に置いてあるリモコンを手に取り、ボタンを押してTVを消すと、部屋は途端に静かになる。