「何?ママ」
「冷蔵庫にビールあるから、取って」


リビングの床に転がっている何本ものビール缶。
それを片付けることなく、母は追加を私に要求する。
私は逆らうことなく、母の指示通りに動いた。
新しいビール缶を手渡すと、すぐさまフタを開ける。
暗い部屋にプシッと弾けた音が響いた。

私自身が虐待を受けたりしているわけではないが、世間から見れば“駄目な母親”と指差されそうな。
言うなれば、私は母のペット。
使い勝手の良い、当たり前にそこに存在している“物”。
私は生きる術を他に知らない、いや、他の選択肢を奪われた可哀想な猫。

だが私が母を恨む、ということはなかった。
物心ついた時から、これこそが私にとっての“当たり前”であったから。
幼稚園や学校に通わず、外との繋がりが閉鎖された空間。
監禁とは違う。
監禁ではなく、軟禁状態。

私が今よりももっともっと幼い頃、家の窓から外を眺めていた時のこと。
自分と同じくらいの年頃の子が赤や黒の鞄を背中に背負って大勢で仲睦まじく、楽しそうに歩いていた。
その大勢の足取りは、一直線に何処かへ向かっている。
どこへ行くんだろう?と頭で考える前に『ねぇ、ママ!あの子達何処に行くんだろう!』無邪気な子供は楽しそうに口にした。


『小学校に行くの。あの子らは』


母はTVに目を向けたまま、どうでも良さげにそう返した。