隣の花は赤い。隣の芝生は青い。わたしのチョコケーキよりそっちの苺ショートの方が美味しそう。わたしの鰻よりそっちの鰻の方が大きい。わたしの彼氏よりだれかの彼氏の方が面白そう。小さい頃から、人のものと自分のものを比べ、人のものが羨ましく思えた。大人になってもその性質は変わらない。昼休憩の混雑した社食で、今わたしが食べているおろしハンバーグ定食よりも、男の同期が向かいですすっている冷やし中華の方が美味しそうに見えた。おろしハンバーグ定食は年中食べられるのだから、冷やし中華はじめましたの方が良かった、次は冷やし中華にしようとしょぼい後悔をする。隣に座っていた若い女性社員が、連れと柔らかく談笑しながら、空皿が載ったトレイを両手で抱えていって、隣が空く。紺色の制服を着た彼女の細い脚が向こうへいなくなるのを見届けてから、「わたしの隣に座ってたあの人、なんて名前だっけ」と向かいの同期に尋ねる。
「山田悠香さん?」
「ああ、やまだゆかさんか。そうだ。あの人の名前よく忘れちゃって、見掛ける度に誰さんだったかなあって思うんだよね」
彼女は新卒のときに関わる機会が多かった人事のひとだった。彼女にかかわらず、新卒でこの広告代理店に入ってから二年半が経ち、今は各支店各部署に散り散りとなった同期たちの名前ですら、どんどんと思い出せなくなっている。
「俺は思い出せるよ。それはお前が異常だよ。他人に興味なさすぎなんじゃないの。で、俺さあこないだ山田悠香さんがプライベートで、社内の彼氏と一緒にいるところ見ちゃった」
当然だが人の目に溢れている社食だ。同期は声のボリュームを落として、得意な時にするフフンという顔つきをしながら、顔と顔の距離を近付けてそう言った。同期の村椿はゴシップ好きで、社内のゴシップを集めてきては、少し得意そうな顔をしてそれを披露する。
「彼氏って栗原先輩?栗原先輩と山田悠香さんなら、駅のエスカレーターで手を繋いでるのを見たことある気がする」
「なんだ、知ってんのか。まあ、あの二人は有名だよな。山田悠香さんが社宅でこの辺住んでるからさ、会社の近くで二人でいたりするの、目撃情報多発みたいで」
さすがゴシップ好きだな、と苦笑しながら、会社の最寄り駅のエスカレーターで、山田悠香さんが栗原先輩らしき人と手を繋いでいたのを思い出す。向こうはこちらに気づいていない様子で、凝視するわけにもいかないのでぱっと目に止まった一瞬だけの光景だけれど、二人は言葉を交わしていなくて、ストールをすっぽり羽織った山田悠香さんは俯いてどこか幸福そうに微笑みながら、その布先から指を覗かせて男の人の手を掴んでいた。

新幹線の社内販売のパーサーが荷台を押して横をゆっくりと通り過ぎていく。約二時間半の東京から新幹線までの復路、あと一時間あまり、ハイボールが一本。お酒はまだあることを頭の中で確かめてから、パーサーの女性から栗原先輩に目を移す。
栗原先輩がわたしと同じプロジェクトのメンバーになったのは八月のことだった。そして、わたしと栗原先輩はこちらでまとまったものを、相手先の本社のある東京にプレゼンしに行った帰りの新幹線に揺られていた。その日は台風で、新幹線が止まって帰れなくなるんじゃないかと心配していたの