酔っ払って打ったやつ

 ちゃぽちゃぽ雨の日ワンツースリー。ピンク色の水玉のかわいい傘を差すの。でも、わざと水たまりづたいに歩いていって、ちゃぷちゃぷ赤茶色のローファーを濡らしていくの。
「ああ、染みてる、染みてる」
 溶け出した赤茶色が白い靴下にシミを作るのを見てひとりごちながらちゃぽちゃぽしていくの、自転車に乗った、レインコートを着たガッツリ防御のおばちゃんが横を通り過ぎていくの、その時わたしはわざと水たまりからよけて、自転車の輪っかに水たまりを踏ませるの、びちゃん、そこから跳ねた泥水がわたしの制服のチェックのスカートにかかるの、おばちゃんはきっと気付いていたけれど何も言わないですうっと過ぎていくのよレインコートに包まれた全部を守ったその背中を見ている角で曲がっていなくなるまで。
「濡れた、濡ーれた」
 ひとりごちて歩くけど、おばちゃんが跳ねてくれたところが真っ白なシャツじゃなくて、汚れが分かりづらいスカートのところだったのが少し不満で、もう水たまりを踏んで歩く遊びにも飽きて、チェックスカートの汚れのところをよく見ようとヒダになったスカートを引っ張りながら歩く、でもよく見えないので地面にしゃがみこんでスカートに目を近づけて睨めっこする、目を三角にしてよく見るイメージ、でもわたしの目はきっと三角になっていなくてつまらない奥二重のまぶたなんだろう。ああ、死ね、わたし、死ね、死ね、三回回ってワンと言って死ね、たら、生きてるより幸せ。スカートの汚れを見るはずが気付けば目を瞑って自分を呪っていて、パンパンと目を見開き直して、靴のそばにある水たまりを見つめるぼんやりと反射したわたしの姿が映っていた、ああ、どうにかこうにかすればその水たまりの中の世界に行けるんじゃないかみたいな子供じみた妄想が浮かぶ、だって、わたしにはこれから先のことなんか見えないんだからここじゃない世界にいけたら。
 進路調査、何日か前のホームルームで配られた紙、わたしはばかだから大学には行かないけどでもママにあんたは大学には行かせられないよって言われたこと以外何にも進路なんか分からなかった進むべき道。高校に入って以来ずっと仲良しだと思っていた愛ちゃんは『美容師になるために専門学校に行きます(はーと)』って可愛い丸文字で書いてた、もちろん聞いたことはあった愛ちゃんの夢は美容師になって女の子を可愛くしてあげること、わたしも愛ちゃんによく髪を切ってもらうもの、今の眉よりずっと上にした前髪は愛ちゃんが切ったんだよ。でも、その髪、じゃない紙を見てわたしはふらふらってしたの、愛ちゃんとわたしの海が離れていったのよ、きっと元は全ての海は一つだったのよ、でもわたしと愛ちゃんは交わらない日本海とカリブ海みたいにきゅるるるっるって急速離れていったの、だからわたしは水たまりの向こうのここじゃない世界に行きたいんです。って、その水面を撫でる、しゅ、掴めない水は手で掴めないから、っていうか、手で触れるだけとか舐めてんのかそれがお前の本気か、ってわたしはわたしを笑う、幸い今しばらく近くに人が通っていないから自分の世界に没頭しちゃってるわってことも実感しつつ、もう傘も差さないで開いたまま地面にほっぽって濡れちゃってるわたしは気持ちよくて、自分の人生が気持ち悪すぎて気持ちよくて、濡れた地面に両手をついて前転、ごしっ、水が弾けると同時に頭が打ち付けられる鈍い音して、体ごと頭っから転がっていったって水たまりの中の世界に入れないことを知る。