「動物に例えるなら羊っていうか。物静かで落ち着いてるところがいいなって思ったんだよね。ゲーム好きでちょっとオタクっぽいところもあるんだけど」某国立大の院卒で研究職に就いていてかっこいいし、なんて自分が女子会でくっちゃべっていたことは思い出せるけど、その言葉はいつの間にかわたしの手からこぼれて飛んでいった。御社が第一志望です!将来のことは今分からない部分もありますが、結婚出産後も御社で働き続けたいですし、実際にそのようにされている先輩方がたくさんいらっしゃると説明会でお聞きして安心しました!大学四年生のころ就活の面接で熱意を込めて話した言葉たちが、いざ社会人になって惰性で仕事している現実に嘲笑われるものになるみたいに、彼の良い部分を切り取ってニコニコとそれらを眺めるわたしはどこかに消えてった。
同棲しているマンション、ちゃぶ台テーブルでわたしが蒸し野菜にゴマドレッシングをかけて食べている、テレビの前であぐらをかいてテレビゲームに興じる健太は、さっきからまだ「おかえり」「ただいま」の言葉しか交わしていない。健太がテレビ画面の中で殺戮を繰り広げている風景は視界には入ってくるけれどそれはわたしと関係のないものにしたくてスマホをいじりながらお箸で野菜を口に運ぶ、健太のひとりの世界はじろじろと受け入れたくないけれどでも健太はここにいるから部屋着の白いTシャツの猫背を見ている、健太はわたしを見ないけれど、わたしはスマホを触っているけどほんとはその中の情報にさほど興味があるわけじゃなくて、ブロッコリーをキャベツをナスを口に運びながらちらちらと健太の背中を見ている。あのさあ、と話しかけてみたいけど、今日一日ツタヤでバイトしていたわたしに言う意義のあることなんて別になくて、「健太」と呼んだ、顔をこちらにも向けずに猫背が「うん?」と返事をするカチカチとすばやくコントローラーをいじくる指を見る。「今日、暑かったねすごく。まあ、仕事中はクーラー効いてる中にいるから感じないんだけど」「ああ、俺もだよ」「健太は今日仕事どうだった?」「ん、普通」あ、と言って健太がテレビに向かってより一層前かがみになる、それからコントローラーが高速でいじくり回され敵が死んでいく派手な効果音がテレビから流れるのが聞こえた。あ、と思って、今日まだ一回も健太の顔を見ていないことに気付いた。わたしも今日の仕事も普通で何にもなかったよー、毎日なんにもないよー、なんにもないから話す価値もないんだけどでも聞いてくれないかなと思って背中を見ている、わたしが健太にそれ以上言わないから悪いのかもしれない。ブロッコリーを頭から齧って残った茎のところに歯型がついていたのが生まれたときからわたしずっと歯を生やしてきて生きている生命体って感じで、でも目の前の人とちゃんとコミュニケーションを取れていないことが悲しくて泣きそうになったから瞼に力を込めてわざと涙をこぼすように促進してでも前の人は当然無音の涙なぞに気付かなくてブロッコリーの茎をその人の背中に投げ付けた。それがボンと背中に当たってから白いTシャツをゴマドレッシングで汚して床に落ち、あああと思ったけれど健太はそれに気付かないで背中が汚れたまま依然としてピコピコをやっていた。床に落ちたブロッコリーとシミを作ったTシャツを交互に見る、ブロッコリーが可哀想でわたしも可哀想で小さな抗議さえも気付かれずと、わたしがブロッコリーになって彼の足の裏で踏まれてつぶされる妄想が湧く。ぴいぴいぴいと鳴いてもブロッコリーの言葉は彼には届かないんだろう。それならせめて床に落ちたそれでも三秒ルールで拾い上げて噛み砕いてきみの体内に入れてくれよって。
同棲しているマンション、ちゃぶ台テーブルでわたしが蒸し野菜にゴマドレッシングをかけて食べている、テレビの前であぐらをかいてテレビゲームに興じる健太は、さっきからまだ「おかえり」「ただいま」の言葉しか交わしていない。健太がテレビ画面の中で殺戮を繰り広げている風景は視界には入ってくるけれどそれはわたしと関係のないものにしたくてスマホをいじりながらお箸で野菜を口に運ぶ、健太のひとりの世界はじろじろと受け入れたくないけれどでも健太はここにいるから部屋着の白いTシャツの猫背を見ている、健太はわたしを見ないけれど、わたしはスマホを触っているけどほんとはその中の情報にさほど興味があるわけじゃなくて、ブロッコリーをキャベツをナスを口に運びながらちらちらと健太の背中を見ている。あのさあ、と話しかけてみたいけど、今日一日ツタヤでバイトしていたわたしに言う意義のあることなんて別になくて、「健太」と呼んだ、顔をこちらにも向けずに猫背が「うん?」と返事をするカチカチとすばやくコントローラーをいじくる指を見る。「今日、暑かったねすごく。まあ、仕事中はクーラー効いてる中にいるから感じないんだけど」「ああ、俺もだよ」「健太は今日仕事どうだった?」「ん、普通」あ、と言って健太がテレビに向かってより一層前かがみになる、それからコントローラーが高速でいじくり回され敵が死んでいく派手な効果音がテレビから流れるのが聞こえた。あ、と思って、今日まだ一回も健太の顔を見ていないことに気付いた。わたしも今日の仕事も普通で何にもなかったよー、毎日なんにもないよー、なんにもないから話す価値もないんだけどでも聞いてくれないかなと思って背中を見ている、わたしが健太にそれ以上言わないから悪いのかもしれない。ブロッコリーを頭から齧って残った茎のところに歯型がついていたのが生まれたときからわたしずっと歯を生やしてきて生きている生命体って感じで、でも目の前の人とちゃんとコミュニケーションを取れていないことが悲しくて泣きそうになったから瞼に力を込めてわざと涙をこぼすように促進してでも前の人は当然無音の涙なぞに気付かなくてブロッコリーの茎をその人の背中に投げ付けた。それがボンと背中に当たってから白いTシャツをゴマドレッシングで汚して床に落ち、あああと思ったけれど健太はそれに気付かないで背中が汚れたまま依然としてピコピコをやっていた。床に落ちたブロッコリーとシミを作ったTシャツを交互に見る、ブロッコリーが可哀想でわたしも可哀想で小さな抗議さえも気付かれずと、わたしがブロッコリーになって彼の足の裏で踏まれてつぶされる妄想が湧く。ぴいぴいぴいと鳴いてもブロッコリーの言葉は彼には届かないんだろう。それならせめて床に落ちたそれでも三秒ルールで拾い上げて噛み砕いてきみの体内に入れてくれよって。
