「泥団子食べたら好きになってあげるよ」と古谷君が言った、雨の日の人通りの少ない校舎の裏だった、彼の取り巻きのクラスメイトたち数人がひでえよとか口々に言って笑い、そのうちの誰かが土を握って泥団子を作った、それを手のひらにのせてわたしに手渡す、彼らは傘を差していて苛められっこのわたしだけは傘を差してなくてびしょ濡れだった、それを受け取ろうとする自分の手が震えていることに気付いた、「古谷のブラ透けてるよ」と誰かが言って、「水色ー!」と囃された、チワワみたいに小刻みに顔を下に向けると確かに雨に濡れた制服のシャツがその下のキャミソール越しに水色を透けさせていた、あ、泥団子の誰かがボールを地面に叩きつけるみたいにそれを土の上にほおった、彼らに自在に操られるわたしの目はそっちを向いた、くずれた泥団子がぐちゃりと土の上に落とされていた、「あーあ」と古谷君が言った、お前はアニメの悪の主人公か、みたいな意地悪い声色で思わず涙が出そうになって代わりに鼻水が出た、それをグズンと吸い込む、目が合った古谷君の目は色が無くて怖かった、「笹倉さん、泥団子食べたら好きになってあげるって」と古谷君が土の上で崩れた泥団子を指差し笑う、絶対嘘、と思うのにわたしの脳細胞は狂っていてそれを食べさえすれば古谷君がわたしのことを好きになってくれて、クラスメイトたちによるいじめすらも止みそうな錯覚以外見えなくなってくらくらする。「うえーい、鬼畜」だとか他のクラスメイトの男の子たちが盛り上がる、怖い、キャンプファイヤーの火の中に供えられたいけにえみたいにわたしが彼らの真ん中にいてわたしの目の先には泥団子があるつうか泥が、でもあみだくじの他がもうぬりつぶされていて何も見えないようなつぶれた脳細胞、「うえーい泥団子、泥団子」お前ら中学生なのになんなんだよその泥団子コール小学生かよって思うけどその輪の一番真ん中にいて思考を剥奪されているのはわたしなの、泥ってどんな味がするんだろうと思うあたしをもっともっと雨が打ち付けていくしゃがむ前髪から雨の雫が伝わった土の上のそれに手をのばす拾おうとするとどろどろと崩れて「はー?」「つまんねえー」「ちゃんと食えよー」とブーイングが起こった、古谷くんは何も言わなくて聞こえなくて、遠くの空がぴかーんと光って雷が落ちる音がして、誰かが「うわっびびった」と言った、それがわたしの脳天をもっとカッと光らせて壊して、土か泥か分かんなくなったものを手ですくいもう片方の手のひらにのせた、雨が手のひらの上に掬われてもっと泥になった、「うわっ引くわ」と誰かが言った。もうやけっぱちでそれを口の中に押し込んだけどすぐさま舌と喉にからんだそれが拒絶反応でうえっうえって吐き戻して土の上にまた、土交じりのわたしの唾液が汚くこぼれる。「いやいやいや、マジでやんなよなキモイわ」という古谷くんの声がえづきの向こうで聞こえた、嘘つき嘘つきと思いながらえづいている口の中の砂は思ったよりもずっと食べ物じゃなかった、彼らが口々に何かを言って足音が離れていく、古谷くん何でもいいから好きになってくれよと思って泣くけどでもたぶん土があまりにも不味いから泣いている背中を目で追っている投げ付けたくなる今すぐ作って泥団子を古谷くんの背中に白いシャツを汚してだらだらっと垂れてズボンにも泥のあとをつける、そうしたらわたしは古谷君の取り巻きに殴られるかもしれないけどでも古谷くんにあとをつけることができるなあって思いながら座ったままでいる。