菜々子ちゃんが「好きな人ができたんだ」って頬を赤らめて打ち明けてくれたときから、わたしはずっとサワサワしてたんだ、菜々子ちゃんは「昨日はこんなラインのやり取りをしたんだ」って翌日の教室できゃっきゃっとわたしにスマホを見せてくれたりしたんだ。人間の上澄み液をすくったみたいなくだらないラインだったけど、わたしはいつも菜々子ちゃんに「そっか、良かったね」って聞いてあげて待ってたの菜々子ちゃんが男の子の気持ち悪さに気付いて嫌になることを。世の中は恋愛映画に恋愛ドラマに恋愛漫画で恋愛至上みたいな風潮でうちの女子高の女の子たちだって恋の話が大好きだったから菜々子ちゃんがなんとなくそんな腐った雰囲気を吸い込んでしまって気の迷いをすることは仕方ないかなって思ってたんだけど、でも菜々子ちゃんはその男の子がポテトチップス一枚よりも下卑ていることに一向に気付かなくてそのうち「今度二人で映画を観に行くことになったんだ」なんて言い出したんだよ、それが先週のこと、とうとう菜々子ちゃんはわたしを裏切ったの、昨日の夜ラインが来たの、『どうしよう、健太くんに告白されて付き合うことになっちゃったよーーー!!!』菜々子ちゃんが喜びに身を落としていたからおめでとうと返信したけれど、それを見てからずっと気分が悪くってお腹がむかむかして昨日の夜と今日の朝はご飯を食べないで登校して、でもさっきトイレに行ってみたら生理がきていてそのせいでもフラフラスイッチが入って机の上に突っ伏していたのよ始業時間前、そしたら誰かがトントンと指でわたしの机を叩くではありませんか、はー菜々子ちゃんかそうか、「あーおはようおめでとう」寝ぼけ眼をこすりながら顔を上げるとばっちり目の前にいたのは担任の数学教師で、「もう一限始まってるというのにお前はどんなめでたい夢を見ていたんだ」って漫画みたいなつっこみっつか漫画みたいなことをしてしまったなってクラスメイトたちの嘲笑が後ろから、ちらと菜々子ちゃんの方を見ると目が合って、大丈夫?とでもいうふうに小首を傾げられて頷くと菜々子ちゃんは口元に手を当てて笑うリアクションをしてみせた。ああ、あああ、窓際の席に座っている菜々子ちゃんの背中からは後光が差していて、わたしはそれを見てもっとクラクラした、「すみません先生貧血がひどいので保健室に行ってもいいですか」右手を上げて発言すると担任は黒板に図形を書く手を止めて、「おう、大丈夫か、誰か保健室に連れて行ってやれ」と言い、後ろの方から菜々子ちゃんの「はいっ、わたしが」という小鹿のような声がきゅいんと聞こえた、「大丈夫?由紀ちゃん貧血って生理?」とわたしの手を引いて少し前を歩く菜々子ちゃんが眉間にきゅっとしわを寄せて振り返る、「そう、ダバダバ出ててね、ごめんね」「あっやっぱり生理かあ。女の子は仕方ないよねえ。無理しちゃだめだよ」「ありがとう。ごめんね授業中についてきてもらって全然」短い菜々子ちゃんのスカートの裾が歩くたびにふわふわ持ち上がって白い太腿を露出しているのを見ているわたしは蚊になってその腿に止まって血を吸って、でも菜々子ちゃんに見つかって手のひらでパンと叩かれて絶命してしまいたい。「でも、おめでとうは笑ったよお、あれ、わたしのことでしょ?」「ああ、うん」「由紀ちゃん昨日すぐ寝落ちしちゃったから頭の中に残ってたんじゃない」「ああ、そうかも。暗記物をやるなら寝る前にみたいな感じ」なにそれ、と菜々子ちゃんは笑い、ほんとは寝落ちなんかしてないよ返事したくなかっただけだよ、と脳内でだけ菜々子ちゃんに言う。
 カーテンに閉ざされて空間を作られると誰にも見られていない感じがして落ち着く保健室のベッド。目を閉じている想像するもう教室に帰ってしまった菜々子ちゃんがこの隣で一緒に眠っていることを、すやすや、羊を数える間もないぐらい安らかなその笑顔をわたしは眺めるのまだ汚れていない綺麗な菜々子ちゃん、わたしは上体を起こしてその頬を撫でながらお腹より下は布団の中にいるの、「せんせー、友だちが体育の授業中に怪我したから連れてきましたあ」って声が聞こえるの、聞こえないのそんなのここで二人でいるの。「あらそう、連れてきてくれてありがとうね。じゃあちょっと傷のところ見せてみて」わたしも傷のところを見せてみて菜々子ちゃんに治してほしいの、ついそう思ってでもでも菜々子ちゃんは今わたしを裏切ったまま全然気付いてくれないって首をぶんぶん振ってもっと強く目を閉じる、隣に寝ているはずの菜々子ちゃんのお腹のところに手を伸ばして撫でる、処女受胎、菜々子ちゃんはすぐに気付く男の子が下卑ていて気持ち悪いことに。「あーこれはだいぶすりむいてるね。痛そう。じゃあ消毒するからその前に砂がついてるところ水道で洗っておいで。ちょっと染みて痛いと思うけど」ああ痛いよわたしも痛いの。菜々子ちゃんは気づくわたしが菜々子ちゃんの白い腿の血を吸いたいと思っていること、わたしも健太くんのように下卑ているかもしれないこと、でもわたしには男性器がついてないから菜々子ちゃんを処女受胎しかさせてあげられないこと。「あー、いたっ!先生染みる!やめて!」「あーちょっとで終わるから我慢して」いいないいなちょっとで消毒されてしまうぐたいの怪我、ふらふらふらふらする。