酔っ払って打ったやつ

 あたしはこんなのいやって言ったら、じゃあやめようかいいよって寛治が言ったから、あたしはゲーセンのUFOキャッチャーのうさぎちゃんかと思って首を横に振ったいやだよ一人にしないでくれよ。寛治の部屋のベッドの中、そのそばの開けた窓から寛治が煙草の煙を吐き出す寛治は高校生のくせに煙草を吸うあたしはいい子ちゃんなのでそういったものは丸っきりやらない、でもどうでもいいやそんなのって煙草を吸わないあたしが身体中に溜まった煙を吐き出すみたいにもういいやって深呼吸してみたけど、空気中に莉奈の顔が思い浮かんでああそうだよ忘れるわけないだろうがって親友の透明の顔を凝視してそれからそれを打ち消すみたいに口から空気の煙を吐き出して莉奈の顔を汚した見えなくなった、あたしは仰向けをやめてごろんと横に転んで寛治の腕にくっついたクーラーの風に冷やされた裸の腕はひんやりしていた。顔を上向けにして寝ている寛治はここにいるけど少し遠くて寛治の目はどこも見ていなくて閉じていた、ああそうか見ないのかと思ってあたしも腕にせいぜい引っ付いて目を閉じたけどうとうとをするよりもやっぱり莉奈の顔が思い浮かんだ目を閉じた。でも、寛治には見えないのかなって寛治の腕をつんつん突いているうちにいつの間にかうとうとしていてあたしも寝ていたあたしも薄情な頭の上からお湯をかけて罰せられるべき人間だわって、「おい、そろそろ七時だぞ」って寛治に頭をぽんぽん叩かれて起こされたときに気付いた、閉じた小さな窓の向こうの世界は暗くなりかけていた、「ああ夏だから」と寝起きに呟いて、「そろそろ起きろ」と寛治がまた頭をぽんぽんとする、「あーうん」言いながら床に投げ出していたスマホに手を伸ばして点灯させる、莉奈からのラインが浮かんであたしは思わず画面を暗くさせてぱっと寛治を振り返った、微妙な苦笑いを浮かべた寛治と目が合って、「あーうん」と寛治が言う、あーうん、そうだねあたしが頭上からお湯を浴びてカップラーメンの麺みたいにふやけて死ねばいいんだろうけどそうもならないからごめんねと思って寛治の腰に抱きついた「ふにゃっ」って誤魔化す自分がどうしようもなくくだらない人間である気がするけれどぐちゃぐちゃ考えるより前に寛治が頭を撫でたうっせえ安易な慰めしてんじゃねえ莉奈はあんたの彼女だろうがって思うけれどそれはそのままブーメランであたしは莉奈の友だちだろうがという刃であたしを刺すのに血は出なくてむしろ中途半端な刺し傷に共犯者の甘い蜜をとくとくと注いでそれがいっそうあたしを悪者にするんだけどこうやって寛治に抱きついているあたしは結局自分のことが一番好きなんだろう。冷えた寛治の手で頭を撫でられているうちに自分がなんにも考えない無機質な肉の生き物になっていく気がして不安よりも目の前のものだけにすがっていたい安易さしかなくて、寛治の手になにかを与えられるためだけのあたしになっていたけれど、やがて後ろであたしの携帯が鳴り、それがぶーぶーと鳴り続けもしかしたら莉奈からの着信かもしれないと思ったけど寛治の体を離してそれを取ることをしないで抱きついたままでいてでも寛治も耳が聞こえなくなったみたいに何も言わなくて寛治からは床の上に置いたスマホに表示された着信相手の名前が見えているのかなと思った。夏なのに暑くないクーラーの効いた部屋で抱きついて二人だけ、友だちなはずなのに着信の攻撃電波にあたしと寛治が一丸になって耐えている気がして、共同戦線ふたりの世界みたいな、ぶーぶーぶー着信は長かった。でもそれが切れてしまうと、そんなこと思ってるのあたしだけだろうなって虚しさが湧いて寛治の身体を離した見上げた寛治を、あたしを見下ろしている微笑、たぶん何にも考えてない微笑、あんたには莉奈の顔が空気中に浮いて見えないのか、ってなじりたくなる、寛治も莉奈を一番好きなわけじゃないんだろう寛治は自分が一番好きなんだろうなってほっぺたに手を伸ばして少し無理やりな距離だったけれどパンと叩いてみたら寛治は少しだけ目を大きくして驚いた顔をして、「なに?」と笑った。