「ねえっ、これ、金井さんのところは飛ばしねっ」
ひそやかに聞こえてきたそれにわたしの胸はずきんとなって横顔が硬直するんだけど、ノートを写していた前傾体勢のまま、わたしの横を通り過ぎていく紙切れを目でついチラリと追う、でも誰かに顎の下をぐっと掴まれて固定されているようだからわたしの視界は狭い、前の席に座る受け取り手の顔は見えないけど彼女がわたしの眼球を見ていてそれがチラと動いたのを知ったら死んでしまうかもしれない、と思った。ふるえる、顔を上げる、先生が古典の文法の活用について黒板に熱心に書いているわたしも熱心にそれを写すふりをして目の上下運動の最中、ちら、ちら、と前の席の彼女を見る、手元に白い紙を開いていてここから文字は見えないけどふふって背中が震えたのが分かった。わたしはその笑いの背中を見た途端怖さが一段増して今すぐに倒れてしまって保健室に行きたくなった。ふらり、ふらり、脈絡なくわたしを乗せた椅子が傾き派手な音を出して落下し、すでに意識を手放していたわたしが頭を強打したら。クラスメイトたちはなんだ居眠りでずっこけたのかよって一瞬嘲笑するけれど本当にわたしが意識を失っていることにすぐに気付くんですそれで彼らはびっくりして先生もちょっとあわあわして学校のどこかから担架が出てきてそれに載せられ保健室に運び込まれ、でもまだ授業時間は全然終わっていないから先生は少し泡を食ったまま授業を始め出してそのうちさっきわたしが倒れたことなんてなかったみたいに時間が進んでいくのです誰かがわたしが倒れたことも忘れて、早く授業終わんないかなつまんないと手紙を回し出すのです、ねえ。それで悪いところを打ったせいでわたしは中学を卒業するまで植物人間になって、えへへへへへ。
でも倒れないんですわたし今。おかしいねおかしいね、倒れて記憶を飛ばしてここからいなくなってしまいたいってそれだけの話なんですう。
手紙がわたしの前列を渡りきって、一番前の席の女子伝いに隣の列に流れていくのが見えた回転寿司かよなんなんだそのレーン、わたしは回転寿司の中でサーモンが一番好きって、このクラスの誰にも言えない。弟がいつもコーンとツナを取って、そんなのお寿司じゃないっていつも思うんだって誰にも言えない。言えないし見えないクラスの女の子に回る手紙はわたしの横をすり抜けていくでも見えるそこにあることが。
「―――――、金井さん?」
国語教師が何か質問をした後わたしの名前を呼んで当てる、でも質問内容は丸っきりきいてなくて名前だけがぴゃっと耳に飛び込んできて、途端わたしの世界は教室全土にぴゃっと開いて空気をさっきよりもっと感じ取る、しばしの沈黙、わたしをかりかりと指の先から食っていくような沈黙、脇の下を汗がつたう。分かりません、と答えてから教師が後ろの女子を指名する彼女が難なく答えたことと自分との差に落胆しつつ、俯いて目を閉じる飛び火を打ち消すように、そして目の奥で手紙の内容を再生してみるのなんだろう、そこにはわたしの悪口が書いてあるの?それとも、今週末みんなでカラオケに行こうよとか?それとも、何?
「えーまた?」
「うん、そう」
今また後ろの席の女子がくすくすっと笑う声がしてまたわたしの横を手紙がすり抜けていく、さっき指名されたわたしがきちんと答えられなかったことへの非難が書かれているのかもしれない、って頭の中でありありと作図して、きっと今から倒れてしまうかもしれないし、次の給食の配膳中に突然意識を失って、うどんのバケツの中に顔をつっこんで死んじゃうかもしれないね、って思った。だってだってさ、わたしは今日の給食がうどんなこと知ってるけど、わたしはうどんより蕎麦派って話をする人が誰もいないんだもんね、って足が震える。
ひそやかに聞こえてきたそれにわたしの胸はずきんとなって横顔が硬直するんだけど、ノートを写していた前傾体勢のまま、わたしの横を通り過ぎていく紙切れを目でついチラリと追う、でも誰かに顎の下をぐっと掴まれて固定されているようだからわたしの視界は狭い、前の席に座る受け取り手の顔は見えないけど彼女がわたしの眼球を見ていてそれがチラと動いたのを知ったら死んでしまうかもしれない、と思った。ふるえる、顔を上げる、先生が古典の文法の活用について黒板に熱心に書いているわたしも熱心にそれを写すふりをして目の上下運動の最中、ちら、ちら、と前の席の彼女を見る、手元に白い紙を開いていてここから文字は見えないけどふふって背中が震えたのが分かった。わたしはその笑いの背中を見た途端怖さが一段増して今すぐに倒れてしまって保健室に行きたくなった。ふらり、ふらり、脈絡なくわたしを乗せた椅子が傾き派手な音を出して落下し、すでに意識を手放していたわたしが頭を強打したら。クラスメイトたちはなんだ居眠りでずっこけたのかよって一瞬嘲笑するけれど本当にわたしが意識を失っていることにすぐに気付くんですそれで彼らはびっくりして先生もちょっとあわあわして学校のどこかから担架が出てきてそれに載せられ保健室に運び込まれ、でもまだ授業時間は全然終わっていないから先生は少し泡を食ったまま授業を始め出してそのうちさっきわたしが倒れたことなんてなかったみたいに時間が進んでいくのです誰かがわたしが倒れたことも忘れて、早く授業終わんないかなつまんないと手紙を回し出すのです、ねえ。それで悪いところを打ったせいでわたしは中学を卒業するまで植物人間になって、えへへへへへ。
でも倒れないんですわたし今。おかしいねおかしいね、倒れて記憶を飛ばしてここからいなくなってしまいたいってそれだけの話なんですう。
手紙がわたしの前列を渡りきって、一番前の席の女子伝いに隣の列に流れていくのが見えた回転寿司かよなんなんだそのレーン、わたしは回転寿司の中でサーモンが一番好きって、このクラスの誰にも言えない。弟がいつもコーンとツナを取って、そんなのお寿司じゃないっていつも思うんだって誰にも言えない。言えないし見えないクラスの女の子に回る手紙はわたしの横をすり抜けていくでも見えるそこにあることが。
「―――――、金井さん?」
国語教師が何か質問をした後わたしの名前を呼んで当てる、でも質問内容は丸っきりきいてなくて名前だけがぴゃっと耳に飛び込んできて、途端わたしの世界は教室全土にぴゃっと開いて空気をさっきよりもっと感じ取る、しばしの沈黙、わたしをかりかりと指の先から食っていくような沈黙、脇の下を汗がつたう。分かりません、と答えてから教師が後ろの女子を指名する彼女が難なく答えたことと自分との差に落胆しつつ、俯いて目を閉じる飛び火を打ち消すように、そして目の奥で手紙の内容を再生してみるのなんだろう、そこにはわたしの悪口が書いてあるの?それとも、今週末みんなでカラオケに行こうよとか?それとも、何?
「えーまた?」
「うん、そう」
今また後ろの席の女子がくすくすっと笑う声がしてまたわたしの横を手紙がすり抜けていく、さっき指名されたわたしがきちんと答えられなかったことへの非難が書かれているのかもしれない、って頭の中でありありと作図して、きっと今から倒れてしまうかもしれないし、次の給食の配膳中に突然意識を失って、うどんのバケツの中に顔をつっこんで死んじゃうかもしれないね、って思った。だってだってさ、わたしは今日の給食がうどんなこと知ってるけど、わたしはうどんより蕎麦派って話をする人が誰もいないんだもんね、って足が震える。
