酔っ払って打ったやつ

 乳白色のアイスの汁がぽとりと腿に垂れる、木の棒にささったミルク味のアイスバー百二十円。網戸もしないで窓を全開にするけど生ぬるい風未満のようなものしか流れてこなくて扇風機のウイーンな風のかき回しふき付けだけに頼って、あおい空をあおぎ見あげる。夏の、それも真夏の八月の空だ青く白いね、そもそも晴れた日の空はいつも青か白しかないどっちがどれだけ沢山かの配分量が違うだけでね。ぴゃあっと開け放った窓とベランダの境目ギリギリまでに椅子をコロコロさせて空を見ている。嘘。別に空なんか見てない受験勉強をしないでアイスを食べるのにあたって一番自堕落っぽい構図になってやろうと思ったらこうなっただけだ。何も見ていない目には入るけれどそれをあたしの脳は一応曖昧に認識しさえはするけれど、あたしの心は何かを熱心に捉えようとしているわけではない。ぴちゃぴちゃ。棒アイスをこまめに回転させて汁が垂れそうな所を舐めていく作業すら億劫で同じ面ばかりを舐めていたら、アイスの底面に溶け出したものが溜まって、あちゃあ、と思った時には相次いでぽたりぽたりぴちゃぴちゃと汁が垂れて、ボーダーのショートパンツから出た太腿に雑っぽい水玉模様を落としていた。なんかいらっとして残りのアイスを口にがって突っ込んで噛み砕いてやった、歯に染みた、その間さらに太腿の水玉は増えた、雨の日の車窓みたいに雫と雫がくっついて二つ分の円になってすーっと太腿を伝って落ちてピンク色の座布団を汚した。アイスがなくなって棒だけになったものを口に突っ込んだまま、男の子がオナニーしてあれがテイッシュからはみ出ちゃったりしたらこんなふうに汚れるのかな、とぼおっと思った。あたしは男の、子、の精液を見たことがない。窓から少し距離のあるゴミ箱に棒を投げ入れてみてゴールをキメて、空に向かって居直ってしかめっ面を作って、右手と左手の人差し指で×マークを作って、唇を横に引き伸ばしてイーッって顔をしてみせる。今日は×ですよ受験生なのに全然勉強できなかったから今日はバツバツバツバツ。まだ三時だけども一日って最後までじゃなくて途中で既にその日の出来が決まっちゃうと思うなあ。イーッの表情をキープするのに飽きると、ベッドに放り出していたスマホを手に取って、ラインの履歴が上の順からけんたくん、かずまさん、しょうくん、正木さん、りょうすけくんにメッセージを入れていった。効率的に考えるとむしろそっちなんだろうけど、コピー手間が面倒に感じたので、<勉強に飽きちゃった、夏休み暇だよ、今日遊ばない?忙しかったらいいんだけど>のような文面をぽちぽち打っていく窓を開けっ放しにした日光から薄く白く照らされている気がする違うよ非人間をあぶり出すライトじゃなくて単に日焼けしちゃうってだけ。びはく、びはく、と言いながら窓を全部閉めるカーテンも閉めるなんとなく立ち上がって部屋の電気も消す昼間だから漏れ出た光でほんのり明るいけどそれは仕方ない部屋の向こうのリビングの冷凍庫から二つ目のアイスを取ってくる封を切る前にスマホのボタンを押して画面を点灯させるまだ誰からも返信は来ていない使えないんだよあいつらがと言いたい気持ちと共にあたしは誰かに丁重に使ってもらえるような価値などないのですと思う飛ばすように封をびゅっと切る。ほの明るく暗い部屋でガリガリ君ソーダは安っちい氷水の固まりあたしよりはなんか水って生命っぽい生きてる象徴っぽいけどな、とか、いや、そりゃね?生きてりゃ思うこと感じること沢山あるけど大体全部薄っぺらで大したことないのよ。思いっきり歯で噛み付いて一瞬で後悔した視覚過敏高校三年生の夏受験勉強の夏クラスの皆はきっと頑張ってる夏で今日はあたしはバツバツバツで自堕落だって変な方向にやる気出しすぎだわでもなんか駄目すぎて逆にテンション上がっちゃったみたいな時ってちょっと面白いよね、とか。でもガリガリ君は北海道ソフトクリーム如くお上品に舌先でぺろぺろするものでもないので、なるべく視覚過敏の冷たさを感じないように小さめに前歯で噛み砕いていくガリガリガリみたいな擬音語は出ませんそしてスマホが鳴りましたヴィィーン小さな震えが木製の学習机と共鳴します後は消化試合でした残りのガリガリ君をあたしはただ食べ終えるためだけに咀嚼するのでした。ネカフェでした。
 正木さんとのデート先がねネカフェでしたあたしは普段は制服だから大体カラオケかネカフェの二択なんだけど今日はネカフェでしたでーぶぃでーを観ます二人でイヤホン付けてねカップルシートねカップルじゃねえけどな。ついこないだまで映画館でやってたよねみたなディズニー映画を観ていますカップルシートとは言え狭い部屋です片隅に仕事帰りの正木さんの荷物とあたしのちっちゃな鞄が置いてある天井は同じ上のところは繋がってる薄い板で区切られただけのブース、部屋じゃなくてブースにいる、手のひらのDSの画面の中の狭い角にいる人たちみたいに。主人公の金髪を後ろに三つ編みで結ったお姫様が歌っています戦っているはずなのにこの人は色んなしがらみから解放されたみたいに自由な顔をして高らかに歌っていますその画面を観ていますあたしと正木さんが。でもあたしたちも野卑な攻防戦をしてるのよ、攻防戦というより了承済みでの戯れだけど攻防の振りをしている正木さんがあたしの太腿を映画開始五分前からずっと撫でてる黒いプリーツのミニスカートの裾に少し手を侵入させて、でもあたしは正木さんを一度も観ないでずっとディズニープリンセスを観ている、すすすと這う手が腿とパンツの境目に触れるあたしと正木さんはまだエッチしていない。まだ知らん振りかどうするか迷ってちらりと横顔を見ると困ったような焦ったような欲望が顔の面の下に見えて、つまんない、と思った。それは鴨葱すぎるって感じだった背中に葱をしょってきた葱今すぐ僕を美味しく料理して下さい、ひひーん、みたいなで、夏休みの平日の三時とかいう難しい時間帯に連絡をしたものだけど他の人ももう返信くれてんじゃねえかみたいにスマ穂が若干気になって、でももう引いちゃったしなあ正木さんクジ、みたいな思考がくちゃくちゃの指で丸めたぐらいの綿の塊になって通り過ぎていって、でもどーしよーもないので、パンツと太腿の境目で迷子のチンコににこっと恥ずかしげに笑い掛けた。真再正木さんの顔の筋肉が酸っぱい梅干を食べたみたいにきゅってなって、うね、うね、それでも手は迷子のお知らせですー、33才の男性正木なんとかくんをお預かりしていますー、白いTシャツにカーキのズボンを穿いていますズボンの局部の所が張って苦しそうですぴんぽんぱんぽーん。ちゅうする紫色の唇に触れるうねうねが面倒くさいから、正木さんははあと吐息を漏らしてからブースの端に置いていた黒い大きな鞄から慌てて財布を取り出し万札ならびに数名の野口を取り出し、「ホテル代別一万五千円って書いてたよねっ」ってあたしの片耳のイヤホンをぶちっと取り耳元に向かって興奮した息が囁き声でわめく。コクンと頷いたのはあたしじゃないあたしが今まで観てきたドラマか漫画の誰かがあたしじゃない一万五千円を財布に閉まって代わりにそこからゴムを取り出したのはあたしだけど。ホ別一万五千円夏子はあたしの中のあたしじゃない誰かで。今ひっそりと音を出さないようにゆっくりとでもはあはあお前の息が漏れててあたしは下から手を伸ばしてその口を塞いで「聞こえちゃうよ(はーと)静かにしてね」ってせざるを得なかったんだけどあたしの中がゴムでくるまれたチンコに突かれてるだけど、でも、それはあたしじゃない。だって、それから涙目になりそうなのをきゅっとを瞑って両手を重ねて自分の口を抑えてるあたしはあたしの中でそれらしく振舞うあたしだからそれはきっとあたしじゃない。
 夏の夕暮れ。ただ日が暮れかけているだけで蒸し暑い昼間ほどではないにしても。あたしは駅からネカフェまでの道を一人で歩いているアイスを食べながら。その道中のコンビニで今度はチョコミントのカップアイスを買ったのだけど、カップアイスになると棒アイスの立ち食いよりも更に民度が下がって恥ずかしいだからあたしは生きててごめんなさいって人間風を装いながら下を向きながらカップアイスをプラスチックのちゃっちいスプーンでつついてそれを口に運びながら歩いていた自転車のおじさんが通り過ぎるあたしに一瞥もくれずに。お財布には一万五千円あるからあとアイスを百個買える。あたしが春を売るのは、アイスを食べたいからなのか、あたしの中のあたしじゃないあたしがあたしを壊そうとしているのか分からないな、と思いながらオレンジと赤と紫に染められていく向こう側の空を見ていた、明日は勉強しなきゃ、アイスはうまい。思い出したように鞄からスマホを取り出して見ると、けんたくん、かずまさん、しょうくんから返信が入っていた。カップアイスを全て掘りきってしまって、すうーっと息を吸うと、歯磨き粉たらしいミントの爽やかさがすうっと香って、それから少し粘っこい甘さがもたつくのが分かった。あたしの中のあたしじゃないあたし、が返信を打ち始める。今日の夕日は、もうすぐ沈む。