正面の黒板に向かって机と椅子がずらりが並べられた304号室。机と机の間に身を隠すようにして床にぺたんと座り込んで壁に背をもたれかけていた、だらんと伸ばしていた腕の手首、白いデジタルウオッチの文字盤が照明を反射して鈍く光る、午後二時半、生徒はまだまだ来ない。学習塾で講師を始めて一年目だった、生徒アンケートの数字が悪いと上司に呼び出されて散々怒られたあたしは今教室で深海魚だ。机と机の間に沈む。ぷかー。深海は酸素が薄いんだぞ。息を吸っていて吐いていて平気で呼吸しているはずなのにあたしはこの会社にいるとき呼吸できない気がする。あー。目の下を人差し指でなぞる、じわりと濡れた涙のあと両生類みたい、大声で怒鳴られると反射的に泣けちゃった脊髄反射だよお。そう、違うかも、あたしは深海魚じゃなくて蛙かも、ぬめぬめしていて気持ち悪い人かも、歩く度に足底からぬめぬめが出て、喋るたびに口からぬめぬめが出るのか。納豆。身体から気持ち悪い粘液を出しているあたしはぬめぬめに足を取られて喉を取られて仕事が出来なくてしょっちゅう上司に空き教室に呼び出されては怒られる。そうか、蛙、ゲロゲロゲロ、あー吐きたい、胃の中のものを全部吐き出して、それから私自身も液状になって口から吐き出して全部ゲロになってぶちまけられて形がなくなってわーいもう仕事しなくていい、あーでも教室で死ぬのって嫌だなこんなところで死にたくないわって考えていたとき、教室のドアがきいと開いてゲロが引っ込んで、俯いていた顔を上げると内藤先輩で、あーお前か、みたいな嫌悪感と救いの手が舞い込む深海に。
「大丈夫?また怒られてたの?」
 うっせ。内藤先輩は他科目の五年目の先輩だ、セフレってほどでもない、こないだ三回目のセックスをした人。なんとなく。流れで。愛じゃないです恋じゃないですお遊戯です。304号室に来て、という上司の声を盗み聞きしていたのだろう、それで上司が講師控え室に戻ってきたのを見計らって入れ替わりに慰めに来たの?気持ち悪っ、って、だって優しさじゃなくて性欲込みこみでしょうなに思いやった振りしてんだお前ってまた込み上げるゲロ嫌悪感が湧く。でも同時に、この人がこのネバネバガエルのような深海魚のような落ちきったあたしの精神を今このとき緩和してくれる気がして、あっもうそれだけが全あたしの救いってことにしていいんじゃないですかって無言で手を伸ばす、そうするともう気持ち悪さを飲み込んで何も考えない脳味噌がほとんどないハムスターの振りをする。きゅー。
「あんまり気にするなよ、最初はそんなもんだよ、俺もよく怒られたし」
 先輩が机と机の間でうずくまっているあたしの手を取り、立ったままそれを握った、頭を撫でられる、安易な慰めだなあって、でもあたしには同じ科目の同期が一人いてねでも嶋田くんは優秀だから怒られなくていつもあたしだけが呼び出されて上司に怒られるの、って心で考えるけれど他科目とはいえ内藤先輩もなんとなく察していることだろうからわざわざ口にする価値も感じなくて、安易な慰めを右から左に流しながら、あたしのために下ろされた手をぷらぷらと揺らす。言葉はありきたりで価値が無くて胡散臭いのに、この手は今あたしの前にある。あーやめたいなあ仕事って、最初はそんなもんとかそういう励ましじゃなくてだってあたし仕事やめたいんだもん、って言ったら怒られそうだから言わなくて上目遣いで内藤先輩を睨みつけて、なんだよ、って言われる。うっせ。
「今週二回目ですよ、呼び出し食らうの。ま、あたしが悪いんですけど」
 相槌みたいなぐちゃまぜの言葉と言い訳をこぼすけど別に内藤先輩に伝えたいことなんか何にもなくて、でも目の前に現れてくれたからさっきより気が紛れたなあって、正面に立っている彼のズボンのベルトに手を伸ばして外そうとした、いや、ここはまずいよとか言いやがる、うっせ、じゃあ来んな、純粋な優しさじゃないくせに抵抗してんじゃねえって無視してベルトを外してズボンのめんどくさいボタンも外してずり下げる、普段授業をしている教室でパンツ姿になった彼を心の中であははって思う、だめだよ誰か来るかもしれないしって言われるのでも大して言われてる気がしないから無視するの、だって勃ってるよあははって思う自分に、だって濡れてるよって思うレイプ犯みたいな横暴さを感じるけど、だってあたしは仕事辞めたい。忘れたいから他のものを突っ込むんです、今日もこれから授業があるとか、もうちょっとしたら戻ってまた仕事しないといけないとかそんなこと考えたくないんです、だから勃ってる局部をパンツの上からなぞなぞなぞんでるんです、なぞなぞです思いやりのある人の振りをしているけれどそうじゃなくて彼を支配しているものはなあーんだっ、パンツを下ろして突き出したそれを口に含みます、テンション上がってるのか暴力的な気持ちなのか、亀頭ぺろぺろしないでいきなり口に入れちゃうの、時々俯瞰するあたしがいるの、教室と座り込んだあたしと立ったままチンコを露出してあたしの口に突っ込んでいる内藤先輩。変態かお前気持ち悪い、良き講師の振りしてんじゃねえ。あー、そう考えると、ノリで口に突っ込んだこの大きな毛虫は美味しいなって気がしてきて、その形を口の中で記憶するみたいに口をきゅうきゅうにすぼめてそれを舌でなぞった、形状記憶、内藤先輩が小さく喘ぎ声をもらす、教室で?まじかよってあたしは得意げな子供になってもっと頑張って舌をしつこく絡ませる、いや、これがさすが彼の指導力?褒めて伸ばす?みたいな、ああ死にたい仕事やめたいと思うのにその一方おちんちん美味しいで、でもあたしは別に内藤先輩のこと好きじゃないんだけどなって、あたしの中に色んなことを考えるあたしがいて、でもそれらのあたしたちは一生懸命内藤先輩のチンコを舐めるという作業を一丸になってしていて、でもペイ出ないんだけどな?みたいな、でもそんなふうに内藤先輩についての思考が脳を占めるってことは成功してるよねって。忘れたいよね。なんでもいいからなんか突っ込んで忘れたいよね、他のことで頭をぎゅうぎゅうにして。いきそう、って彼が言う、陳腐だ陳腐だって思いながら、いいよって返す陳腐だ陳腐だ、出る、って作業だそれは、あー、いいなああたしも出したいそうしたらきっともっと頭が真っ白になって忘れられるもの。いきそう、ってのはもうすぐいくからそれまで気合を入れて動け、って意味だねって、はーいって思って唇の前後運動と舌の回転ぺろぺろぺろ。あー、いく、って言われて、あれ?ボランティアかな?みたいな。ぴゅっ、ぴゅっ、ぴゅっ。小刻みに口内に出される精液は生ぬるくて大変不味い。でもこれは現実の味とはまた違うんだよなあ、だって飲み込んじゃったら無くなるんだもの簡単だよねって、あたしは好きでもない男の精液をごっくんする忘れるために。でももう既に現実を思い出しかけている飲み込んだ精液の後味が苦くてやっぱり不味い。あー、そろそろ戻んなきゃ、仕事やめたーい。