陽一さんは広告代理店で働いている三十五歳で、クマみたいな体格をしている、おじさんの階段にばっちり足を踏み入れた人だ。いつも、水色とオレンジ色のださい鞄を肩掛けしていて、蛍光色に近くてやけに目立つその鞄は待ち合わせの目印になる。昨日は夜七時に梅田のHEP前で待ち合わせをして、個室の鶏料理の店で晩御飯を食べた。そして、お酒を三杯ほど飲んで少し酔ってから、手を取られて東通りのラブホテルに向かった。コミュニケーションが苦手なことには変わりないが、集団の中の群れにいなくて、一人や二人でいるときは目玉に監視されている気がしない、ずっと自由さを感じる。
「莉奈、今日はどこのホテルがいい?たまにはいつもと違うところに行ってみる?それとも、いつもと同じところでいい?」
「同じでいいよ」
「了解。結局、いつも同じところになるね。入ってすぐにあるところ。あそこだけ立地ですごい得してるよなあ。近いとすぐ入っちゃうもんなあ」
陽一さんの手はマッサージに適性がありそうな分厚さで、それがわたしの手を熱い体温でくるんだ。わたしは彼に特別な好意はないけれど、その手を握り返すことができる。それは、わたしと彼がセックスをする間柄にあるからだろう。わたしは人間関係を築くことが苦手だし、雑談のようなものをすべきとき、自分から相手にどんな言葉を投げかけたらいいのか分からなくて、ほとんど話すことが出来ない。でも、セックスをして身体が繋れば、お互いの心までもがいくらか近付いて、何も話さずとも手を握っているだけで許されるような感覚が生まれる。もちろんこの感覚は錯覚だ。身体を繋げたからといって、心が伝わり合うはずはない。セックスしたからといって、チンコとマンコから心がビュッビュッと出入りし合って、分かり合えるようになるはずがない。身体の繋がりを心の繋がりと考えるのは気のせいだ。でも、セックスをしたとき、錯覚した空気が二者間で立ち込めることに甘んじて、わたしは錯覚で作った人間関係を陽一さんの他にもいくつか保っている。
「今回は会えるのちょっと久しぶりだったよね。最近仕事が忙しすぎて、連日、徹夜まみれで会えなくてさあ」
「大人は大変だね」
「莉奈も大人だよ、もう二十歳回ってるでしょ。大学生は大人だよ。働いてる人もいるし、投票権もあるしね」
「まあ、そっか」
陽一さんといるとき、わたしの感情はメトロノームのどちらかに激しく振れることなく、落ち着いたフラットに近い。いつものラブホテルの入り口近くまで引っ張られてきた手にしても、不快でも愉快でもなく、ただ、十五歳上の彼に手を引かれて歩いているとき、わたしは保護者に手を繋がれてぶらぶらと歩いている子どものような気分になる。
その一室に入り、シャワーを浴びるため、ベッドのそばで服を脱ぎかけたわたしを、向かい合って立つ格好で陽一さんが抱き締めた。アリス柄のワンピースの後ろのジッパーだけを下ろして、だらんとだらしない背中になっていたわたしは手をわたわたとさせて抵抗したが、陽一さんはもっと強く抱き締める力を込めて、わたしを捕らえた。陽一さんは最近太ったことを気にしていて、ワンピース越しに伝わった肉の感触は確かに、少し分厚くなったような気がしないでもなかった。初夏の訪れのせいか、もったりした肉はじんわりと汗ばみ、湿り気と人間の温かさを発していた。その肉がわたしを抱き締めたまま、体重をかけてベッドへと押し倒す。
「シャワーがまだだよ」
「いいよ、シャワーしなくて。そのままエッチしようよ。すぐに抱きたい」
あなたがシャワーしなくて良くても、わたしはシャワーしないと嫌なんだけど、陽一さんはチンコを舐めさせようとしないからまぁいいかと諦めて、口に押し入ってくる舌の固まりを受け入れる。わたしの口を満タンにするようにぐいぐいと入ってくる舌に、自らの舌の動きを制されながらも舐め返す。あと、セックスのことをエッチっていう男の人はあんまり好きじゃないなと考えながら、ベロチューを続け、わたしのパンツに手を入れてマンコを触ろうとする陽一さんの好きにさせる。それから陽一さんはベロチューをやめて上体を持ち上げ、ベッドの上で仰向きにされたわたしを見下ろすようにしながらマンコに指を入れ、反応の悪いボタンをプッシュするように繰り返しマンコを連打した。理系男子のセックスは繊細さに欠けるんだよなあと統計的にひどくいい加減であることを考え、喘ぐのを忘れていたことを思い出して声を上げた。
特にありがたみもない昨日の追憶をなんとなくプレイバックしているうちに、スプーンの先でつぶし押していたオムライスの卵がいつの間にか汚く崩れていることに気付く。ひと巻きの卵のうち残っていた五分の一ほどの卵に、スプーンの先の丸っこい切れ込みがいつくか入っていて、まだ食事の仕方をきちんと身に付けられていない子どもの皿のようだった。それを食べようと卵とご飯をスプーンに載せて口に運ぼうとしたけれど、唇を開く前になんとなく食べる気がなくなって、座っていた椅子にうさめろちゃんを置き、オムライスが若干残ったトレイを片付けるために立ち上がる。食堂のおばちゃんの洗い場に向けて自動で流れていくレールにトレイを載せ、うさめろちゃんを振り返ると、みんな同じような学生たちの群れの中で、うさめろちゃんの黒い瞳が照明を反射してきらっと光るのが見えた。うさめろちゃん、可愛い。席に戻って肩に鞄を掛けると、うさめろちゃんを撫でるように抱き上げた。うさめろちゃんは大切な友だち。
「莉奈、今日はどこのホテルがいい?たまにはいつもと違うところに行ってみる?それとも、いつもと同じところでいい?」
「同じでいいよ」
「了解。結局、いつも同じところになるね。入ってすぐにあるところ。あそこだけ立地ですごい得してるよなあ。近いとすぐ入っちゃうもんなあ」
陽一さんの手はマッサージに適性がありそうな分厚さで、それがわたしの手を熱い体温でくるんだ。わたしは彼に特別な好意はないけれど、その手を握り返すことができる。それは、わたしと彼がセックスをする間柄にあるからだろう。わたしは人間関係を築くことが苦手だし、雑談のようなものをすべきとき、自分から相手にどんな言葉を投げかけたらいいのか分からなくて、ほとんど話すことが出来ない。でも、セックスをして身体が繋れば、お互いの心までもがいくらか近付いて、何も話さずとも手を握っているだけで許されるような感覚が生まれる。もちろんこの感覚は錯覚だ。身体を繋げたからといって、心が伝わり合うはずはない。セックスしたからといって、チンコとマンコから心がビュッビュッと出入りし合って、分かり合えるようになるはずがない。身体の繋がりを心の繋がりと考えるのは気のせいだ。でも、セックスをしたとき、錯覚した空気が二者間で立ち込めることに甘んじて、わたしは錯覚で作った人間関係を陽一さんの他にもいくつか保っている。
「今回は会えるのちょっと久しぶりだったよね。最近仕事が忙しすぎて、連日、徹夜まみれで会えなくてさあ」
「大人は大変だね」
「莉奈も大人だよ、もう二十歳回ってるでしょ。大学生は大人だよ。働いてる人もいるし、投票権もあるしね」
「まあ、そっか」
陽一さんといるとき、わたしの感情はメトロノームのどちらかに激しく振れることなく、落ち着いたフラットに近い。いつものラブホテルの入り口近くまで引っ張られてきた手にしても、不快でも愉快でもなく、ただ、十五歳上の彼に手を引かれて歩いているとき、わたしは保護者に手を繋がれてぶらぶらと歩いている子どものような気分になる。
その一室に入り、シャワーを浴びるため、ベッドのそばで服を脱ぎかけたわたしを、向かい合って立つ格好で陽一さんが抱き締めた。アリス柄のワンピースの後ろのジッパーだけを下ろして、だらんとだらしない背中になっていたわたしは手をわたわたとさせて抵抗したが、陽一さんはもっと強く抱き締める力を込めて、わたしを捕らえた。陽一さんは最近太ったことを気にしていて、ワンピース越しに伝わった肉の感触は確かに、少し分厚くなったような気がしないでもなかった。初夏の訪れのせいか、もったりした肉はじんわりと汗ばみ、湿り気と人間の温かさを発していた。その肉がわたしを抱き締めたまま、体重をかけてベッドへと押し倒す。
「シャワーがまだだよ」
「いいよ、シャワーしなくて。そのままエッチしようよ。すぐに抱きたい」
あなたがシャワーしなくて良くても、わたしはシャワーしないと嫌なんだけど、陽一さんはチンコを舐めさせようとしないからまぁいいかと諦めて、口に押し入ってくる舌の固まりを受け入れる。わたしの口を満タンにするようにぐいぐいと入ってくる舌に、自らの舌の動きを制されながらも舐め返す。あと、セックスのことをエッチっていう男の人はあんまり好きじゃないなと考えながら、ベロチューを続け、わたしのパンツに手を入れてマンコを触ろうとする陽一さんの好きにさせる。それから陽一さんはベロチューをやめて上体を持ち上げ、ベッドの上で仰向きにされたわたしを見下ろすようにしながらマンコに指を入れ、反応の悪いボタンをプッシュするように繰り返しマンコを連打した。理系男子のセックスは繊細さに欠けるんだよなあと統計的にひどくいい加減であることを考え、喘ぐのを忘れていたことを思い出して声を上げた。
特にありがたみもない昨日の追憶をなんとなくプレイバックしているうちに、スプーンの先でつぶし押していたオムライスの卵がいつの間にか汚く崩れていることに気付く。ひと巻きの卵のうち残っていた五分の一ほどの卵に、スプーンの先の丸っこい切れ込みがいつくか入っていて、まだ食事の仕方をきちんと身に付けられていない子どもの皿のようだった。それを食べようと卵とご飯をスプーンに載せて口に運ぼうとしたけれど、唇を開く前になんとなく食べる気がなくなって、座っていた椅子にうさめろちゃんを置き、オムライスが若干残ったトレイを片付けるために立ち上がる。食堂のおばちゃんの洗い場に向けて自動で流れていくレールにトレイを載せ、うさめろちゃんを振り返ると、みんな同じような学生たちの群れの中で、うさめろちゃんの黒い瞳が照明を反射してきらっと光るのが見えた。うさめろちゃん、可愛い。席に戻って肩に鞄を掛けると、うさめろちゃんを撫でるように抱き上げた。うさめろちゃんは大切な友だち。
