酔っ払って打ったやつ

 あたしは健太先輩とセックスしてみたかったけれど服じゃなくて心を脱がせて一つになってくっついてみて近付いてみたかったから。でも、健太先輩が今日成り行きであたしとセックスした理由に深みなどないだろう欲望一片の薄い水溜りだ。ああ、さみしいな。健太先輩の隣にこてんと寝転がろうとしたけどシングルベッドに健太先輩とムーミンとあたしは狭くて、愛する健太先輩とムーミンにベッドを譲って、あたしはその下のベッドに横たわり地面で裏向きになったコガネムシのように四肢をばたばたさせた。さみしいなさみしいな言葉を持たない昆虫です愛してほしいなんて昆虫語で言っても聞こえなくてブーンですよ最悪はたきで潰されて殺されちゃう人間じゃないから。その時、床の上に置きっぱなしにしていた健太先輩のスマホが赤いランプを点灯させていることに気付いて、あたしは明かりに近付いていく虫のように考えもせずそれに手を伸ばして画面全体を点灯させた。
『健太、おへんじは?うわきしたら殺しちゃうぞ!!!ほんとだからな!!!』
 理沙さんからのラインのポップアップ表示が画面に浮かぶ、あたしは健太先輩のスマホを持った手を天井にゆるゆると伸ばしてそれを振ってみたけれど見る角度によって絵柄が異なる紙状のモノサシみたいな特別な加工はなく理沙さんからのメッセージは変わらなくて、へえそうですかとでも返事を打ってみたい冷めた苛立ちにとりつかれる。理沙さんのラインの画面を開く、既読をつける、へえ、と健太先輩のスマホの慣れない文字盤で言葉を打ちかける、またスマホがぶるっと震えて、あたしの指もそれにつられた。
『ほんとに!いや、分かってるよ?ほんとは健太が浮気なんかするわけないって分かってるんだけど、今日は方面的な問題でありさちゃんと帰り一緒になってたからあれほんといやで、わたしがついてったらよかったのにとか後で思って、なんだけど、信じてるよもちろん健太のこと。お酒飲んだから家帰ったら眠くなって寝ちゃってるんだろうって分かってるけどでもってなっちゃって、うう、起きたらすぐ返事くれなかったら殺すから。もちろん、浮気してても殺すけどね!!健太はわたしだけなんだからね!信じてるけど!』
 いやいや長いよ理沙先輩と第三者的に笑ってしまったけど、それ要約したら三分の一で終わるよと突っ込みを脳内で入れてしまうけど、浮気したら健太先輩は理沙先輩によって殺されるのかと、どうしよう健太先輩は既にあたしとセックス済みでコンドームに精液排出済みだよ理沙先輩に殺されちゃうと変な気持ちが湧いてくる。ずっと好きだった健太先輩とこうなれたから興奮が冷めていないのかもしれない、もしくは簡単にそんなふうに冗談を飛ばすように健太先輩を脅す理沙先輩に嫉妬したのかもしれない。あっあー、理沙先輩はどんなふうに健太先輩を殺すんですか?理沙先輩は赤ブチ眼鏡のストレートヘアの萌えオタクっ子仕様というか美人なオタク系というか、サマンサタバサのピンクの鞄にピカチュウとミュウツーのぬいぐるみをつけているような人でだからなんか知らんけど性欲強そうでフェラしながら写真撮られるのとか好きそうで、健太先輩はフェラをされているところチンコを理沙先輩の歯に噛み切られ、そのショックで気を失ったところを、クリスマスにお揃いで理沙先輩がプレゼントしたマフラーで首を絞めて絞殺し、理沙先輩はその一部始終をビデオで撮っていてそれから何度も健太先輩がひどく苦しそうに喘ぐところ健太先輩がカニのように泡をふくところでオナニーして抜くんじゃないかと、そういうふうにチンコの嚙み切りとマフラーによる首絞め合わせ技で健太先輩を殺してしまうのではないかと考えた。たかだか一度他の女とセックスをしただけでそんなの可哀想だとあたしが健太先輩の前に立ちはだかって守ろうとしても、理沙先輩はゴリラのような怪力であたしを押しのけて飛ばし、健太先輩のズボンとパンツを力技でずらして露出したふにゃんとした子どものミミズのようなチンコに噛み付くのだ。部屋の端まで飛ばされたあたしがふらふらと立ち上がり机の上にあったノートパソコンで理沙さんの頭を強打するつもりで振り下ろそうとすると既に理沙さんとお揃いのマフラーで首を絞められた健太先輩は事切れていて、猿蟹合戦のカニみたいに口から泡を吹いて死んでいました、みたいな。
『ねえ、なんで既読つくのに返事くれないの?ほんとに浮気してないよね』
『返事してよ!もしあの子と浮気してたらフライパンで頭を叩いて殺すからね!!』
「フライパン」
 ああそうですかあなたの殺害方法はフライパンですかああそうですかって、でも健太先輩が理沙先輩に殺されて無き者にされちゃうって一回セックスしただけなのに何それって可笑しくて、カーペットの上に仰向けになったコガネムシ状態のままあたしはアハアハハと笑って、それからのっそりと起き上がってベッドの縁に顔を置き、健太先輩の無防備な無邪気な寝顔を見つめた、おーかわいいのーかわいいのーってほっぺたをぺたぺた撫でる、ゴキブリが足跡を残していくようにその頬を唇を、あたしの唇で這いずり回る、健太先輩に卵を産みつけあたしがずっとそこにいるように。健太先輩の唇がふいに開いて湿って水蒸気をふうと小さく吐き出した、彼は眠っている。
「......り さ」
 それからそう嘔吐したその唇はコンクリートで埋め立てられて二度と喋れなくされるべきで、むしろその体もコンクリート詰めになったらいいじゃないかというような、さっきの執拗な甘やかさとは両極端な感情が湧く、愛憎、愛の反対は憎しみですって愛のトランプの裏面はなんにもない真っ白じゃなくて真っ黒な憎しみなんですよなんて感情をたった二文字の寝言に動かされてあたしは動揺した、動揺している自分に動揺した、自分が小さな人間で事物のほんの一面で喜んだり悲しんだり憂いたりする単細胞生物でそのコントロールがこの手からこぼれかけたことを。
『ねえ、なんで返事くれないのってば!!さっきからすぐ既読ついてるじゃん!なにしてんの!フライパンで三十回ぐらい叩いて殺すよ!!』
 お前は凶暴な猿か、道具の使用を覚えた猿か、と冷静に突っ込みたくなるのに、その一方あたしの心のどこかはふつふつと沸騰しかけていて、さらにじーじーじーじーじーという振動が理沙さんからの着信を知らせる、あたしは健太先輩のすやすやとした寝顔を見ている、理沙さんからの着信は止まない、健太くんは起きない。
「ああ、だめだ、あたしと一回セックスしたばかりに、健太先輩」
 しんとした一室だけには響くぐらいの小さな部屋でそう言って唇の端がぐにゃんと歪んであたしはそこからふふふふって音をこぼれさせて、どうせ後から理沙先輩に殺されるなら、ねえ?と台所へと向かって何で先に健太先輩を殺そうかと迷う。包丁?フライパン?たこやき器?たこやきをひっくり返すあのアイスピックのようなもの?酒瓶で顔面強打?迷ったけれど痛いと可哀想だなってベタベタな選択肢である包丁を手に取りベッドに向かう、1LDKだ近いもんだすやすやと相変わらず眠る健太先輩が抱える布団をひっぺがし、Tシャツだけが覆った肉の上から包丁をぶっさそうとする昼ドアサスペンスやでってでも理沙先輩に殺されてしまうぐらいならそれよりあたしが早く健太先輩を奪ってしまって止めてしまうのがあたしでいたいって、でもお腹に差そうとしてその上垂直に包丁を構えてみたけれどでも心臓かなってお腹だったらすぐに死ねなくて苦しむことになって可哀想かなと思って唇に唇をくっつけて優しくちゅうして、それからちゃんと左の胸に包丁をぶっさしたあたしが一番先に健太先輩の命を奪うひと。