100%、という数字をわたしは嘘くさく感じる、なんでもかんでも大げさに大風呂敷を広げたがる老若男女のセールストークみたいで。ファッション詩の占い特集でのお互いの星座による相性占い、『うお座とおとめ座の相性は100%』、それならうお座とおとめ座の子どもしか産んではいけないという法律を作れば、この国はもっと幸せな国になるのではないか、誰も愛を食いっぱぐれることなく、みんなが対の星座の相手とカップリングして100%相性のよき恋人、夫婦になることができる、下降している離婚率もこの政策を実現できれば0%になるだろうとすら。『大丈夫!100%上手くいくよ!頑張ってね(はーと)』恋愛なり仕事なり人間関係なりの女友達からの励ましのライン、嘘つけって、100%なんて適当な言葉を投げつけて与えてやればいいだろみたいな魂胆が見え透いていて、ああ、あなたはわたしと表面的なスムーズさだけを目標とする人間関係しか築いていなかったのですねって、ああ、そういう女ですかあなたはって判を押してしまうし。とにかく、100なんてのは大抵嘘だ、100%を簡単に断言する人間のことなど信用してはいけない、そいつはこちらをネズミ講的なターゲットにしようとしているか、浅い浅い対人関係、恋愛関係しかこちらに投げかけるつもりのない人なのだ。今は藤井四段くんが28連勝かなんかをしていて、勝率100%らしいがそれだって永遠に100%であることはないだろう、100でないというのはむしろ、それがちゃんとした現実に根付いているものであることの証であるのではないか。
 だから、わたしは嬉しかったのだ、健太くんと訪れた京都の安井金比羅宮で、おみくじにしては割高である300円の縁みくじを引いて、そのちょろっと端に、『あなたとご縁を持っている人の悪縁度35%』というご神託があったのが。
「ああ、そう、35%ね、そんなに高くないんだね。そして小吉か。微妙なところだな」
 おみくじの35%の箇所を指でついついと突いて隣の健太くんに見ろとアピールすると、健太くんは自分には直接的に関係のない、例えば沖縄に明日観測史上最大の大雨が降る確率を聞いた人みたいにして言い、おみくじがむしゃむしゃと括り付けられている向こうの木を指差して、くくる?と表情だけで聞いた、ううん、とわたしは両口角をきゅっと上げて首を振って返事する。
「いくよ、健太くん」
 後ろに向かって右手のひらを伸ばして、ちらちらってわたしのその手と健太くんの顔を交互に見やると、健太くんはそこに自分の手を重ねてくれて、二枚貝みたいに手と手がぺたんとくっついた。悪縁度35%で済むんだね、じゃあむしろ65%は悪縁じゃないってことだよねえって問いかけてみたいのはすっと喉の奥に落として、本のしおりみたいになったおみくじを鞄にぽいと突っ込んで、健太くんの手をひっぱって安井金比羅宮を出る、わたしが先に立って駅までの復路を歩いていると当たり前だけど、健太くんの手の温度だけは感じるものの健太くんの姿が見えなくて、ふい、ふい、と時々後ろを振り向きながら歩いていけば、そのいつかで、手を繋いでわたしの後ろを歩く人が健太くんでなくて誰かに取り代わっていたらどうしようという有り得ないだろう不安感が湧いてきて、そんなことはないだろうに、お化けがいないことを知っているのに何度も夜の部屋の隅を見つめて確認してしまうみたいに、ふい、ふい、ふい、って振り返って健太くんを見て。
「なに?」
 とか、その度、健太くんは少し微笑を作る、そのおでこのところが汗ばんでいる、健太くんはワンピース姿のわたしと違ってスーツだから暑いのだろう。もう七月がやって来るもんね、暑いよね健太くん、もう夏だもんねって、それが健太くんじゃなくて何でもない男友達とかならそういうふうに言葉を返していたかもしれないけれど、健太くんには言わずとも分かる言葉を時間稼ぎみたいに発する必要もないやと、わたしは黙ったままで首を傾げていい加減に返事をするだけで、健太くんの手を握って駅までの道を歩いている、彼の汗ばんだ手がわたしの汗と交じって一滴のしずくになって地面に落ちて染みる、なかったことになるみたいに。
「着物、着たかったな」
 向かいを歩いてくるあでやかな着物を着た二人組みの女の子が目に入って、わたしは思わずそう溢す。今日の天気予報が雨のち曇りだったから、雨の京都で着物も邪魔くさいと諦めていたから、京都の町を歩いている女の子たちが時折着物に身を包んでいるのを見ると、羨ましくなってそうぽとぽとと溢していた。
「今度は、おれも着物を着て、一緒に着ようね」
「へえ」
 それは、今度また機会があれば一緒に飲みに行きましょうみたいなほぼほぼ実現されない口先の発言なのか、それとも半ば本気で言っているのか判断つかず、それはほんとに言ってるの?といちいち揚げ足を取ろうとする元気なわたしは眠っていて、ここにいるわたしは65%悪縁でないということで満足してしまう人で、未来の現実の話がこわいことをいつか染み付かせてしまった人は、もっともっと過去にかえった、誰も傷つかないもうずっと前に終わったこと。
「健太くん、着物似合うよね。江戸時代の商人みたいな、紫色の着物なんか着てそうないやらしい感じがするよ、すっごいいいよ」
「あー、それ、よく言われるわ」
「健太くん、いやらしい江戸時代の商人って感じだもんね、偉い人にあれ渡してそう、なんだっけ?商人の子はにぎにぎを覚える?いや、役人の子がにぎにぎを?なんて言うんだっけ、お賽銭じゃなくて」
「賄賂か、賄賂ぐらい渡すよね、ちょっとぐらいで仕事が上手くいくならね」
「お前はそういう人だよ!」
「え、なに、怒ってんの?」
「...健太くん、駅まだ?」
「え、まだじゃない?さっき、あと徒歩8分って書いてあったよ立て札に」
「立て札って健太くんやっぱり江戸時代の人じゃない?今夜この村に泥棒が現れるぞとか予告して立ててるんでしょう?」
 なんだよそれ、健太くんがいい加減に笑うのが後ろの手の人から聞こえて、わたしは健太くんの汗ばんだ手を一層強く握ったけれど、健太くんはそれをがっと開いて手を振り、暑い、暑いと苦笑した。
「健太くん!ちゃんと手を握っててくれないと、わたし浮気しちゃうよ、100%!」
 一旦立ち止まって、後ろの健太くんに向かって手をふりふりしてみせる、嫌にべったりくっついた韓国人の若いカップルが後ろから来てわたしたちを越していった、同じ白いTシャツを着ている、わたしはそれをなんだか目で追って、女の子のデニムのショーパンから出た素足が韓国の女の子って感じで、でも並んで歩く二人は洋服までお揃いで、肉の上まで同じものを被って拘束しようとするなんて浅ましいんじゃとかよく分からない言いがかりを付けたくなる頃、健太くんが湿った手でわたしの手を包んだ。
「おい、駅、行くよ」
 健太くんの左手の薬指は今この瞬間においては何にもなくて、わたしとお揃いのさらさらだ、でも健太くんは本当はそうじゃなくてどちらかというと彼ら側の人間で、ほんとはきっと健太くんの左手の薬指は金色の拘束具で光っている、わたしのそこはいつもさらさらに皮膚しかないけど。だから、わたしは未来じゃなくて現在ですらなくて過去の話をする。
「健太くんは江戸時代のまあまあおっきな呉服屋さんの婿で、いつも紫色の着物を着て呉服を売る若きやり手主人なんだよ」
「そう?おれ、呉服屋さんかな?確か俺の先祖は兵庫県の武士でなんとかとか」
「じゃあ、武士でいいよ。でね健太くん、わたしのこと側室にしてくれる?誰より一番可愛がってくれる?一番よしよししてくれる?」
 きっと、何を言ってんだみたいな顔して健太くんは鼻で笑うだろう、だからわたしは健太くんの顔を見ずに触れた手を繋いで前を歩いている、さっき横を通り過ぎていって韓国人カップルが赤信号で止められていてその隙になんでもないスキンシップみたいにキスしたのがぼやっと見えた、健太くんはいいよといい加減な声で言ったか、何も言わなかったような気もする。じゃあ、健太くんは兵庫県の武士で正妻がいて子どももいるんだけど、わたしはあと三人いるうちの側室の一人ででも健太くんはわたしといるのが一番好きで、三晩に一度は必ずわたしのところにやってきてわたの肌を全部あなたのものにして、でもわたしは妊娠しない体質であなたが何度中出ししても着床受精妊娠しないで毎月血の壁はぺりっと敗れて股から流れ落ちるだけで、そのうちわたしは老いて今よりもっと綺麗でなくなって、あなたとわたしはお茶会のおじいさんとおばあさんみたいになってそれでもわたしはあなたのことが好きなんだけど、あなたはわたしをお茶会のおばあさんとしか思わなくなっていて、『嘆くまに 鏡のかげも をとろえぬ 契りし事の 変るのみかは』って書いてあったよ、さっき引いた縁みくじに。『あなたの心変わりを嘆いているうちに 鏡に映るわたしの姿も衰えてしまった あなたの誓いが変わるだけではないのにね』その横にそうやって訳もついていたけれど、でも、わたしの左手の薬指はさらさらの皮膚でそもそもここに誓いなんてはなから何にもなくて。
「ねえ、100%わたし、健太くんのこと愛してるからね。あとでジェラートのお店で抹茶のジェラート食べようね」
「うん」
 健太くんはちゃんと頷いて、少し湿った夏の手であたしの頭を撫でた。