ひとり。ふたり。ひとり。ふたり。ひとり。今は昔、竹取の翁というものありけり。野山にまじりて花をとりつつ花占いにつかひけり。
 仕事が終わって駅から家までの道を歩く夜で、後ろから来て通りすぎって行った自転車のライトがふいっと地面の辺りを明るく照らして、道の隅に咲いているたんぽぽを見つけてそれを引っこ抜いたプチッって茎が折れる音が野菜を千切っているときみたいで可愛くてでも微かな生命力があった、あたしは脳味噌のない子のようにタンポポの花を一つずつ引っ張っていき、はるかに終わりが見えないし適当に二本抜いてイカサマしちゃってもバレなさそうな馬鹿っぽい花占いをしていた。ひとり。ふたり。ひとり。ふたり。ひとり。
 延々と黄色い花を引き抜いていってもだいぶ終わりそうでもなく、夜と都会の明かりの微妙な暗さで手元は紛れてよく分からないものの一気にニ三本を抜いている気もするし、っていうかこんなことやらなくても分かってるんだよクソがって、半分ぐらい花を引っこ抜いて薄毛になった可哀想なタンポポを地面にほっぽり捨てる。歩いていく、家へ、もうすぐ家につく、振り返らない、可哀想なタンポポを。でも、あたしも可哀想。月明かり?空を見上げる、ぽつ、ぽつ、意識して探さないと見つけられないぐらい星が少ない。でも、前にあなたと一緒にいったプラネタリウムで聞いた、都会で星が見えないのは家々なんかが明かりを点灯させすぎていて夜が明るすぎるせいで、それほど明るい光を発せない星はその明るさが埋もれてしまうんだって、ねえ、言ってたね?だから、今日は5つしか見つけられなかった。綿毛を作る前に引き千切られて薄毛でさらされた可哀想なタンポポのことは振り返られないもう忘れた、あたしはひとりだって結果が出た花占いはもう忘れた、だってタンポポよりあたしの方が可哀想だし。
 今日は会社の健康診断で、飲酒:毎日、飲酒量:2~3合(ワインなら1合が2杯程度)に正直に○つけて自己申告したらおじいちゃん先生に滔々とお説教されちゃったし。全く飲まないよりちょっとは飲む方が健康にはいいんですけど、分解できるアルコールは2合分まででそれ以上飲むとガンにかかる可能性が高まるんですよ、タバコや過度のアルコールは寿命を全うする以前に病気にかかって寿命を縮めてしまうリスクが大きいんですよ、みたいな。『今後も生活習慣を改善するつもりはない』『健康上のアドバイスを求めていない』に○つけただろうが、逆にそれが反抗期の人間あぶり出しか、みたいな。
 あー会いたいよう好きだようセックスしたいよう、明日セックスしない?
 明日セックスしない?って言葉っていいよね、今晩だけさっさと無きものとして消し去ったら明日あなたと馬鹿みたいに身体で繋がれる、みたいなアメーバ的なミドリムシ的なつまりノータリンみたいな希望があるよね。
 ああ、やっと家着いたと思ったら11時を回ったらマンションのエントランスのドアにロックが掛かってカードキーがなきゃ入れないのにカードキー忘れたわって気づいてがーんだけど、でもじゃあ裏口から6階まで階段登っていったらいいわもう、みたいなで、あんまり動揺はしない感情の機微は振れないよねメトロノームいらっと微動だにして、そこで停止。前に、裏口のあたりに男が隠れていて痴漢に遭った女の人がいるという。たまにカードキーを忘れて階段を登って帰る度にその話を思い出すけど、でもあたしはここで痴漢に遭ったことがないし、それってどれぐらい襲われたんだろう大声で叫んだら助けが来て大事には至らなかったって話だっけ、とかを考えながら、ドアを開く、慣れていないわけじゃないけれどしんとしていて暗くてゲームのダンジョンみたいでこええなモンスター出てくんじゃねえかみたいな、痴漢よりそっちの方が感覚としてはリアルには感じられるっていう、おかしいわ現実感覚狂ってるわ、みたいな。
 そうだよ!あたしの現実感覚狂っていて、特に一人でいるときはかすかすと微かにおかしくなるよねみたいな。集団で、会社でいるときは他の空気たちがあたしをハコに押し込んであたしも素直に押し込まれて現実ハイハイ早く帰りたいみたいな感じだけど、一人になるとなんなんだろうな、この現実感のなさは。あたしは生きているっていうか夢の中にいるっていうかベッドの中でずっとうたた寝してるっていうか小学生の何にもすることがない長い長い夏休みみたいなそんな感覚で現実感がなくて、でもたぶん二階から三階に繋がる見えない角のところで怖いモンスター例えばゾンビとかが出てきてあたしは殺されたり食べたりするとかいうことはたぶんなくてこれは現実で、いや現実的な確率で言うとゾンビとか犬の妖怪とか猫の自縛霊が出てくる可能性より、どっちかっていうと刃物を持った不審な男がいる確率の方が高いんじゃねって思うけれど、ゾンビの方が出てきそう。普通にゾンビ。いや死ぬのは別にいいけどゾンビに食われて死ぬのは全くベストな死に方じゃないわとか考えていると自分で自分を煽ったみたいになってちょっと怖くなってきて、二階から三階に上がって角を曲がるときにゆっくり足を踏み出してちょいちょい後ろも振り返って進んでいったけど別に何もいなくて、いや、分かってましたけど?みたいな。夢じゃなくて現実ですしね?みたいな。そんな3DSの中みたいなことが3次元に起きねえわと知りつつまた後方を気にして階段を登る、でもこれは現実感と怖がりをいくらか混同してるから実は少し詐欺。分かる?現実感がないって。夏休みに蝉になった小学生みたいな気分よ。
 健康診断のあと、国定先輩が言ってた、「おれは100点満点の健康な生活をしてるって言われた!」って。ああー後ろ暗い後ろ暗い。
「そんな長生きしたいんですか?あたしはすぐにでも死にたい思いなんですけども」
「あー、おれは彼女より長く生きたいから」
 あー、それ、坂下部長の奥さんも言ってたわなんだんだよクソが、っていう、っていうかだからあたしは現実感がないんだよなっていう。あたしに現実感が無いのは、現実を見ずにそんなものから逃げて生きたいと思っているからです。だって、あたしの現実ってなに?両手を開けて見てみます、夜は本来は闇で真っ黒なものです、でも都会は一軒家の民家がマンションがコンビニがスーパーがツタヤが明かりが明るくて暗くないのですカーテンを閉めて電気を全て消した夜の部屋よりよく見えるのです、生命線、知能線、あと一本なんだっけ。でも生命線はたぶん一番下でしょ?普通に長くないか?毎晩3合以上飲酒したらこれ削れんのかみたいな、やっぱり反抗期かなばかみたいね。てへへ。とんとんとんが響いているんですよ夜の足音ですよ生命体だから靴が階段を叩いて音が鳴るんですよって。五階まで登ってきましたあと一階です、つうか今日は満月かしら半月かしらって本当は別にどうでもいいけど月を探したのに見当たらねえじゃないか、なんなの神隠しなの神様が隠したの?ああ、そう・・・・・・別にいいさ月なんてなくたって。気象庁の人以外みんな気づかないかもしれない、なくてもいいかもしれない。
 あなたはどこ?月よりそっちだな。現実感がないくせに即物的。手を伸ばす。月に。階段を登りながら月があるつもりで空のかなたに手を伸ばす。でも、月ないしな。手も伸びないしな。しかも知ってるしな、あなたがどこにいるか、それはわたしがいないところです。いいんですよいいんですよごめんねわたしが悪くて!と家の扉をようやく開けながら一人芝居猿。
「ただいまー」
 一人暮らしなのにそこも一人芝居猿。
「おかえりー」
 一人暮らしなのにそこも一人芝居猿。
 肩に掛けていた鞄を床にどすんと落として床に座り込んで、朝に出て行ったときのままカーテンは閉まってなくて外から夜の暗い空が染みていて、でも電気をつけた部屋は赤々と、あたしはその赤々と明るい中に座り込んで呪詛を唱えて、スライムみたいにぐにゃんと床に溶けていなくなっていける気がして、目を閉じて、みたけど、月はこの世界からなくなるのにあたしはスライムになって溶けれなくてなんだこの不公平社会はと怒って、お風呂に入る前に酒を飲む冷蔵庫から冷やしたスーパーの白ワインを取り出してマンゴージュースで割って飲む。いや、健康診断のときに、いつもワインは割って飲んでるから、それでも一杯のカウントは一杯でいいの?って迷ったんだけど、おじいちゃん医者に天寿を全うできなくなると言われた酒を飲む。2ちゃんまとめサイトで「孕ませたくなる身体画像【ボッキ注意】」と書かれた記事をスクロールしながらアルコールを取り組むぐんぐんぐん。
 国定先輩は言いました、「お医者さんは毎日飲まずにはいられない背景については考慮してくれなかったの?」くれなかったです。でもあたしが悪いんですよえへへ。この記事13ページもあるんですよ長いんですよおっぱい豊満な女体画像見飽きてきたけどでも次のページへページへと進んでスクロールしていきます、疲れてるときにクソくだらない面白くない漫画を読みたくなるのに近いかな。椅子の上に体育座りして飲みながらスクロールです、そう、今日ねあたし血圧を測ったときにすごい機械的に段階的に腕を締め付けてくるのにびっくりしてこれが首だったら機械に殺されたらこんな感じかあって思ったの。
 あ、えっと、あたしが悪いんですよって言ってるのを見たらあなたはそういうの嫌いとかクソ自己中のからあげ以下みたいなこと言うからそんなことは言わない、あたしは悪くないの。でも花占いはひとりなの。あたしは、今は昔、竹取の翁というものありけりなの、野山にまじりて竹を取りつつなの!野山にまじりて竹を取りつつよろづのことに使ひけり。
 一杯目を飲み終わって冷蔵庫にてちてちと歩いていき、二杯目を注ぐじょぼじょぼワイン割る割る、割るからこれは一合じゃねえな。ってことはガンになって死ねねえな天寿を全うしちゃうなそれもだりいなっていうか、よろづのことってなんなの、あたしはあたし、今は今、あたしというひとありけりなり、社会にまじりて金を稼ぎつつ、よろづのつらみがありつつ生きけり。はいはい生きてる生きてる余裕でな。