「マリちゃんはケッコンしてないの?」
「え、してないよ」
「なんで?」
「なんでって・・・」
九時の閉店時間をとっくに過ぎて、すっかり店じまいに取り掛かったショップは電気が半分ぐらい既に消されていて、ほの暗く、輝かしい現代が閉店ガラガラしたような、毎日祭りか労働か何かが終わったような閑散とした寂しさがあって、そして、ショップの端で、店長の二人の幼子が暇そうに母を待っていた。入金してくるから待っててと、店長がショップにオマケたちを残し、あたしはそれなりにやることがあって閉店作業をしていたのだが、そのうちの下の男の子がつかつかと近付いてきたかと思いきや、こんな質問を浴びせられたのだった。子どもって、無神経かつ無自覚な言動をするから嫌なんだよなあと思うのだが、仕事をする手を動かしながら適当に返事をした。
「マリちゃん何才なの?」
「へ?二十三」
「へー。うちのお母さんは二十のときにはケッコンしてお兄ちゃんを生んでたんだよー」
「あ、そうなんだ、へえ、早いね」
そのお兄ちゃんをちらと見やると床に座って本を広げ、ひたすらウォーリーを探していて、こちらの会話を全く気にしていないようで、なんだよこの弟の意味不明な絡みを止めてくれよと視線を送っても一向に気づいてくれない。つうかお前、ハタチに生んだってそれすごいデキ婚くさいし、結局バツイチで結婚失敗しているじゃないかという話なのだが、そう言うこともできず、子どもというのは無神経で無自覚なくせにこっちに気を遣わせる生き物だから嫌なんだよなあと、あたしは子どもに日々接していくことがあれば、少しずつ子どもの嫌いな所をたくさん発見していける気がした。
「早くケッコンした方がいいよー」
「へーなんでー?」
「早くケッコンした方が子どもを生むのにいいんだよー。マリちゃんも早くケッコンして子ども生んだほうがいいよー」
ほー。浅く煽られているような気がして、思わずヤツに向かって居直った。バーニラバニラバニラ!とか騒がしい宣伝車のような浅い煽りではある。子どもの言うことではあるから全く大したことではないと考えればそうなのだが、大人はそんなことを不躾に言うわけがないので、逆に考えると子どもにしかそんなことは言われないので簡潔に表現すると、大人気なく少し腹が立った。
「なんで早く結婚して子どもを生んだらいいの?どんないいことがあるの?」
「そりゃあ、いっぱい子どもがいた方が楽しいじゃん!」
ヤツはさも当たり前の考えと言わんばかりにえっへん発言し、あたしは思わず苛立つ気持ちをすっと落として割ってしまって、その代わりに二者間にものすごく深い溝が広がっているのを感じて、これが子どもの全能感というやつかともはや感心した。周りの大人たちはくそしょうもないことでも大げさに褒めたててくれるし、なんだかんだ泣いたり喚いたりすれば言うことを聞いてくれてだいたい思い通りになるし、自分の要求は基本的に人に叶えられるものだと思ってる全能感が幼子はすげえ。
「今日もハッピーです(はーと)」
ふいに、彼女のツイッターの文面が頭に浮かぶ。あ、全能感だ、と思う。彼女はステラとの関係においてたぶん全能感を抱いていて、泣いたり喚いたりすれば、まあまあ理不尽な要求でもテスラに応えてもらえるんじゃないんだろうか。声が聞きたいとか、今すぐ会いたいとか、どうしても車を飛ばして会いに来てとか、お嫁さんにしてとか、ずっと一生隣にいさせてとか、そういうことを。なぜなら、彼女は、テスラに、愛されているから。
「お待たせ!入金帰りましたぁー」
店長の声があたしをここに引き戻し、店を閉めてお疲れ様ですを言って、自分の駅の方面に向かって歩き出す、夜の九時半の都会は人が多くて特にたくさんの若者がつぶつぶしていて、みんな楽しそうに笑って歩いているように見えた。あたしは一人で、鞄からスマホを取り出して、テスラにラインを送る。
『マリ、来週が誕生日で、24になるの、知ってた?ねえ、プレゼント買って!』
返事が来たら早く見たくてスマホを手で握ったまま歩いていると、すぐにそれは手の中で震えた。都会の雑踏の中にいるから着信音は聞こえないけれど。
『おーまじか。何がほしいの?』
『首輪がほしいな。首輪をつけられてリードを持たれながらセックスしたいな!』
指輪、と打ちかけて消して、自制的な溜め息をおっきく吐き出して、打ち直して送る。全能感のない人間は、相手に与えてもらえそうなラインを間違える自信も根拠もなんじゃないだろうか。愛する恋人に指輪をあげて妻に、セフレに首輪をあげてペットに、妥当じゃないだろうか、あたしってすごく謙虚な常識人じゃないだろうか。
『そんなものでいいの?(笑)おっけ、任せろ』
『嬉しい!マリ、ハッピーです(はーと)』
「え、してないよ」
「なんで?」
「なんでって・・・」
九時の閉店時間をとっくに過ぎて、すっかり店じまいに取り掛かったショップは電気が半分ぐらい既に消されていて、ほの暗く、輝かしい現代が閉店ガラガラしたような、毎日祭りか労働か何かが終わったような閑散とした寂しさがあって、そして、ショップの端で、店長の二人の幼子が暇そうに母を待っていた。入金してくるから待っててと、店長がショップにオマケたちを残し、あたしはそれなりにやることがあって閉店作業をしていたのだが、そのうちの下の男の子がつかつかと近付いてきたかと思いきや、こんな質問を浴びせられたのだった。子どもって、無神経かつ無自覚な言動をするから嫌なんだよなあと思うのだが、仕事をする手を動かしながら適当に返事をした。
「マリちゃん何才なの?」
「へ?二十三」
「へー。うちのお母さんは二十のときにはケッコンしてお兄ちゃんを生んでたんだよー」
「あ、そうなんだ、へえ、早いね」
そのお兄ちゃんをちらと見やると床に座って本を広げ、ひたすらウォーリーを探していて、こちらの会話を全く気にしていないようで、なんだよこの弟の意味不明な絡みを止めてくれよと視線を送っても一向に気づいてくれない。つうかお前、ハタチに生んだってそれすごいデキ婚くさいし、結局バツイチで結婚失敗しているじゃないかという話なのだが、そう言うこともできず、子どもというのは無神経で無自覚なくせにこっちに気を遣わせる生き物だから嫌なんだよなあと、あたしは子どもに日々接していくことがあれば、少しずつ子どもの嫌いな所をたくさん発見していける気がした。
「早くケッコンした方がいいよー」
「へーなんでー?」
「早くケッコンした方が子どもを生むのにいいんだよー。マリちゃんも早くケッコンして子ども生んだほうがいいよー」
ほー。浅く煽られているような気がして、思わずヤツに向かって居直った。バーニラバニラバニラ!とか騒がしい宣伝車のような浅い煽りではある。子どもの言うことではあるから全く大したことではないと考えればそうなのだが、大人はそんなことを不躾に言うわけがないので、逆に考えると子どもにしかそんなことは言われないので簡潔に表現すると、大人気なく少し腹が立った。
「なんで早く結婚して子どもを生んだらいいの?どんないいことがあるの?」
「そりゃあ、いっぱい子どもがいた方が楽しいじゃん!」
ヤツはさも当たり前の考えと言わんばかりにえっへん発言し、あたしは思わず苛立つ気持ちをすっと落として割ってしまって、その代わりに二者間にものすごく深い溝が広がっているのを感じて、これが子どもの全能感というやつかともはや感心した。周りの大人たちはくそしょうもないことでも大げさに褒めたててくれるし、なんだかんだ泣いたり喚いたりすれば言うことを聞いてくれてだいたい思い通りになるし、自分の要求は基本的に人に叶えられるものだと思ってる全能感が幼子はすげえ。
「今日もハッピーです(はーと)」
ふいに、彼女のツイッターの文面が頭に浮かぶ。あ、全能感だ、と思う。彼女はステラとの関係においてたぶん全能感を抱いていて、泣いたり喚いたりすれば、まあまあ理不尽な要求でもテスラに応えてもらえるんじゃないんだろうか。声が聞きたいとか、今すぐ会いたいとか、どうしても車を飛ばして会いに来てとか、お嫁さんにしてとか、ずっと一生隣にいさせてとか、そういうことを。なぜなら、彼女は、テスラに、愛されているから。
「お待たせ!入金帰りましたぁー」
店長の声があたしをここに引き戻し、店を閉めてお疲れ様ですを言って、自分の駅の方面に向かって歩き出す、夜の九時半の都会は人が多くて特にたくさんの若者がつぶつぶしていて、みんな楽しそうに笑って歩いているように見えた。あたしは一人で、鞄からスマホを取り出して、テスラにラインを送る。
『マリ、来週が誕生日で、24になるの、知ってた?ねえ、プレゼント買って!』
返事が来たら早く見たくてスマホを手で握ったまま歩いていると、すぐにそれは手の中で震えた。都会の雑踏の中にいるから着信音は聞こえないけれど。
『おーまじか。何がほしいの?』
『首輪がほしいな。首輪をつけられてリードを持たれながらセックスしたいな!』
指輪、と打ちかけて消して、自制的な溜め息をおっきく吐き出して、打ち直して送る。全能感のない人間は、相手に与えてもらえそうなラインを間違える自信も根拠もなんじゃないだろうか。愛する恋人に指輪をあげて妻に、セフレに首輪をあげてペットに、妥当じゃないだろうか、あたしってすごく謙虚な常識人じゃないだろうか。
『そんなものでいいの?(笑)おっけ、任せろ』
『嬉しい!マリ、ハッピーです(はーと)』
