酔っ払って打ったやつ

ピンポンピンポンッピンポンピンポンッ。マンションの扉を開けてくれるまでインターホンを連打していると、やっとテスラは半分開けた扉から顔を覗かせて、あたしを睨み付けるような顔つきをしてみせた。
「ピンポンピンポンうるせえんだよお前は!」
「うへえ。一回しか押してないよー」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないよー。ねー、見て、ドレスだよ、可愛い?どれぐらい可愛い?」
 テスラは半開きにしていた扉を開けきって、あたしの頭をぽんぽんを撫でて、赤ん坊をあやすように可愛い可愛いと返事をすると、くるりと踵を返して部屋の中に入っていった。
「テスラは今日はなにしてたの?」
「んー、ちょっと原稿書いてー、午後はバンド錬かな。式はどうだった?」
 テスラはバンドマンでフリーライターで、原稿とか取材とかバンド錬とか言っときゃそれっぽく聞こえるだろうみたいに思っている節がある。背の高いテスラの背中はあたしの背中よりも随分高い位置にあって、そしてテスラの口は川から笹を流すみたいにサラサラ嘘をつく。
「早く帰りたかった。仲いい友達のならともかく、サユリちゃんってそこまでだし。むしろなんで呼ばれたの?みたいな。でも、基本的に友だちの結婚式も、式からの二次会の流れだと疲れちゃうんだよね。二時間ぐらいでもうお腹いっぱいですわーって感じ」
「あ、そう、ひどい言い草だ」
 テスラがどんな顔をして言ったのかは見えなかったけれど、テスラはもうすぐ彼女と結婚するらしいので、結婚とか式とかに関して深く言及することを、なんとなく避けているのかもしれなかった。テスラも彼女と式を挙げたりするのだろうか。それは親類だけの小さな式じゃなくて、友だちどもを呼んでわいわいやるような式なのだろうか。それはここらへんでの式なのだろうか、それともハワイみたいなリゾート婚だったりするのだろうか。テスラも、本当は別に祝いたいとも思っていない招待者に強制的におめでたがらせるのだろうか。それとも、テスラはそんなうすら微妙な関係の友人や職場の人間などおらず、全ての招待客がテスラの結婚を心から祝ってくれるのだろうか。そもそもテスラは本当に結婚式を挙げるのだろうか、更に言及するなら本当に結婚してしまうのだろうか。本当に?それはいつ?もしくは、今は結婚予定があるのだとしても、例えば彼女の浮気などで結婚話は立ち消えてしまうのではないか。でも、きっとわたしは、テスラの入籍や式の日取りを、彼女のツイッターを通して知るのだろう。
冷蔵庫を開けたテスラは何を飲むかも聞かずに、透明のコップにスーパーで買った赤ワインをなみなみ注いであたしに差し出した。人の家でないように自然にベッドに腰掛けていたあたしは、ありがと、とそれを受け取る。一口を飲んだだけのところで右手で握っていたコップを奪われてベッドのそばの棚の上に置かれ、押し倒されて両手首を掴んで唇を押し付けられる。濃いタバコの匂いが絡んだ舌からあたしの舌に伝播する、あたしの口の中で舌を舐め回す、テスラがそっと口を放してから、案の定、口の周りを唾液でべたべたにされたのを感じ、目を細めて至近距離のテスラを睨む
「べっとりした。拭いて」
「ドレスも髪の毛もすごく可愛いね」
 苦笑したテスラが指であたしの口の周りを拭いながら、ようやくちゃんとあたしを褒めてくれた。半分ぐらい、セックス中の可愛いねに近い虚言のようなものを感じるけど、それでもテスラが褒めてくれた糸をもっと手繰り寄せたくて、もっと甘やかしの糸を垂らしてほしくなる。
「サユリちゃんとあたし、どっちが可愛い?」
「マリのが可愛いよ。ま、サユリちゃん見たこと無いけどね」
 テスラは適当にうそぶいて、あたしはすぐ上に乗っかかったままのテスラの長くてうねった前髪を撫でた。テスラは、ガオー!なんてふざけた声を発してからあたしのドレスの胸にぼすんと顔を着地させ、それから片手であたしの胸の横を叩いてなんとなく合図みたいにして背中を上げさせ、ドレスのファスナーをジーーと下ろしてくれた。
ドレスを脱がせてブラジャーとショーツだけの姿にさせると、テスラはベッドから立ち上がって机の引き出しから紐を取り出した。そして、ベッドに寝転がったままのあたしの上に馬乗りになると、それをあたしの首にかけた。もう壊れて聞こえなくなったイヤホンの黒い紐をあたしの首にくくりつけ、きゅっと締めた。あたしは紐と首との間に自分の人差し指を挟んで、一応の安全は確保しつつ、少しずつ力を加えながら、ステラに首を絞められていった。あたしの首を絞めるとき、テスラは顔色を変えない。でも無表情というよりはほんの少しだけ楽しげで、そしてずっと死んだ魚のような目であたしを見下ろしている。ある程度強い力で首を絞められると、くそくだらない思考を刻み続けていた脳が白くなっていくようで、視界ももやもやとテスラの顔を見る焦点がいくらかぼやけて、支配されているみたいでもう今何も考えられなくなっているけれどたぶん嬉しくて、唇がにゅるっと歪んで口角をぴくぴくさせてテスラに伝える、何を伝えたいのか自分でも明確に言えないけれど。テスラはふっと紐を持っていた手を放すと、Tシャツはそのままでズボンとパンツを脱いで雑に床に落とし、引き出しからさっと取ったゴムをつけると、正常位の体勢であたしの中にぎゅーと挿入した。今日は彼女じゃなくてあたし。脳がぱっとそう思ってからあたしの中のどこかでまた自尊心が細かくくだけていった気がしたけど、それを深く自分に落とし込む前にまず目の前の身体が、あたしの首にだらんとかかっていたイヤホンの紐を掴んでまた首を絞め始めながら、局部のボコにデコをデコデコデコ振っていった。あたしはさっきみたいにして紐と首の間にやっぱり人差し指を差し込んで、気道を確保しつつ声を殺して軽く喘ぐ。ああ、そんな浅いのはいやだ、もっと深く奥が良くて、テスラの腰の辺りをぎゅっと掴んで、少しだけあたしの奥に向かって押すようにして、伝える。物分りのいいテスラの腰は早くて浅い大学生みたいな動きから、ゆっくり深いあたしが好きな動きに変わって、それに腰のスピードを緩めた方が手先への注意力が配分されるのだろう、さっきの幾ばくか弱めの首の絞め方じゃなくて、気を失いそうなぎりぎりの強さになってぎりぎりと首を締め上げられながら腰をゆっくり打ち付けられる。ああ、死にたいな、死にたいなって気持ちがゆるゆる湧き上がって差し込んだ人差し指を外したら、偶然が重なればラッキーチャンスで死ねるんじゃないかという気になる。いいかな、だめかな、そんなラッキーハプニングなんて早々起こらないかな、うっかり気絶して顔に冷水をかけて起こされるぐらいかな、ああ、でも、どうせ、そうだろうなら。
「テスラ、もっと強く締めて」
ぼやけた目で見ていたテスラからふっと目を外し、人差し指をさっと抜くと、一瞬、天国かどこかにイッてしまいそうな、ふわりと羽に持ち上げられるような感覚が頭を真っ白に覆った。もしかしたらあたしは無意識のうちに手足を激しくばたつかせたとか、不細工に白目を剥いたとか、口から泡を噴いたとかそういう身体的反応をしたのかもしれない。
「ちょ、マリ、指。死なないでよー」
 期待外れなことに、イッてしまう前にテスラは急に紐をだらんと離し、腰の動きをぴたりと止めて、あたしのほっぺたに自分のほっぺたをぺたりをつけて、耳元で、はー、と息を吐いた。あー、死ねなかった。というか、たぶんそう簡単に死ねないだろうなとは分かってて、財布にたぶん二百円しか入ってなかったけどもしかしたら記憶違いで一万円ぐらいに増えてるかもしれないからとりあえずレジに言って商品を出してみるけどたぶん二百円しか入ってないだろうなーみたいな程度のチャレンジだったけど、でもその実験にすら失敗して、チッって感じで、突然の指抜きにびっくりしたのかあたしの肩と顔の間に自らの顔を埋めてしまったテスラの下顎をダブルクリックするようにして軽く二回叩いた。
「なんだよ」
 テスラは顔をむくりと起こして目を合わせ、上から見下ろしてあたしを見た、テスラは伺うように少し動揺した少年の目をしていた。テスラは普段、ババババババンドマンで本職ライターなサブカル系の大人を気取っているくせに実は小物で、ふと思いがけない事態に陥ると途端に少年のごとくそわそわと頼りない雰囲気を醸し始める。まったく小物だ。確かに自分はそんなつもりなく人に殺めさせられるのは確かに嫌だろうし、それで逮捕されて裁判にかけられて刑務所に数年入れられて、みたいなことまで考えてみると殺人の予感に抵抗感があるのも分かるのだが、なにしろテスラは彼女ともうすぐ結婚するにもかかわらずOLの彼女が生理の日に限って土日のデート後の夜にセフレを自宅に呼び出してセックスし、しかもノーマルセックスではなく、イヤホンの紐による首絞めを嬉々としてやるような男なのだ。そんな男が例えば百人ぐらいいるんだとしたら、そのうちにニ三人ぐらいにはうっかりセフレを殺めてしまって人生沈没みたいな、彼らはそれぐらいの確率でなら人生沈没すべきぐらいの罪を犯しているんじゃないか。よってあたしはそう悪くなく妥当である、という結論に達した。が、運がすごく良ければ殺してもらおうと思っていたことをテスラに悟られないよう、起き上がったテスラの頬を軽くぺちぺちと叩いた。
「あんまり気持ちよくってー、頭真っ白になっていつの間にか指外れてて死んじゃうかと思ってびっくりしちゃったー」
「いやいや、殺しちゃうかと思ってびびったよ。指一本挟んでるのが命綱的な感じで、あれがなかったら思いっきり締まって意識ぐらいは簡単に飛びそう」
「そうだねえ、意識飛んだら水かけて起こしてね」
「起きる?」
「起きる起きる」
「そう、分かった、じゃあ意識飛んでほっぺた叩いても起きなかったら、顔からミネラルウォーターのペットボトルかけるわ」
「うん、じゃあもっかい首絞めて」
「えー、今日はなんかこわいからもう嫌。普通にセックスしよ」
 テスラは小学二年生の男の子ように唇を尖らせた。ちっ、つまんねえ。上手くいけば色々昇天してるはずだったのにと思うとその後はいまいちテンションが上がらず、あたしは適当な喘ぎ声をあげながらイッた振りをして、テスラは精液をゴムに放出して本当にイッた。