待ち合わせは下宿先の駅の本屋さんの中でだった。服装を教えてくださいとあらかじめお願いしていたので、デニムシャツに黒いデニムのスキニーの男性を探す。本のコーナーでなくて、雑誌のコーナーにすらいなくて、漫画のコーナーにいて、最近発売されたばかりのワンピースを手に取っていて、それが夕方に駅のホームで隣に並んでいた男だということに気づいて、心臓がイヤな感じでどどどっと波打った。わたしが駅のホームでブタパンを卑しく齧るような女だと知られている相手である上に、世間は狭すぎてわたしがブタである事実は知り合いには隠せていると思っていたのだが世間の狭さゆえにそれは周知のことなのかもしれないという恐れがわたしを包んだ。無理だ。ブタシュガーフレントーストというか駅のホームで食パンを食べてしまうほど精神的空腹感が抑えられない女だと知られていて、人間として大幅にハンデを取られている相手とセックスなどできるものか。そそくさと見つからないうちに引き返そうとしたとき、後方から声が振ってきて、背中にひとすじの脂汗を垂らした。
「あー、みほなさん?」
 そんなに言うなら振り返らずに他人の振りをしたら良かったじゃないに、百人中八十五人が投票するが、ブタではあるがお人よしの人間性が残存していたわたしは思わず振り返ってしまい、にへらと愛想笑いを返してしまった。
 つーことで、わたしは今、わたしの肉片にまみれた穴に、あの男のチンコを突っ込まれていた。わたしの太ましい肉の内部に、男は飽きもせず細い肉片を叩きつける。ずぶずぶ、っていうか、ごっ!ごっ!って感じだ、男の車に乗ってそこらへん近くのくすぶったラブホテルの中だ正常位だ、正常って何が正常なんだよ、正常位をなんなくスマートにやってなすスマートな人間もいるかもしれないけど、これは異常と言うほど特別なものではないが正しく常である感じは全然しない、とか考えながら、男のチンコをごっ!ごっ!と突っ込まれ続けていた。まるで頬肉にスピーカーを搭載したように、わたしの口からはあんあんと喘ぎ声が発されているが、正直わたしはへこんだ内臓に棒を出し入れされる感覚以外何も感じていなかった。むしろ、この男が何らかの快を感じているのであれば、それはこの男がおかしいのではないか、でもこれほどシャトルラン的運動を自発的に持続できているということはやはりこの男は快であるということで、それならどちらかと言えば不感なわたしの方が正常ではないのではと考えるが、それらを帳消しにしようと頬肉のスピーカーは依然として喘ぎ声を響かせていたので、それでだいたい何の問題もないような気がした。真っ暗にした部屋だ、お互いの部屋が見えることも無い。
「あっ、イクーーー!」
やがて、男がそう叫び、この科学技術が溢れる中で最後の動物の本能的な砦のように腰を今までよりずっと激しく動物的なスピードで打ちつけ、そして、わたしの身体にぐったりと重くもたれかかった、いや、体重的には軽そうだけれど、気分的になんだかぐったり重かったんだよ。わたしのでっぷりしたお腹の上に、男のなよっとしたお腹が上陸した若いオットセイのように重なる。わたしはひとつもなんにも感じないまま、目をぱちくりさせて、男のワックスが汗でへにゃんとなった髪を撫でてあげた。1ミリも愛おしさはなかったけれど。わたしはよく、一ミリも相手が愛おしくないのに、しかも一ミリも気持ちよさを感じないのにセックスをする。
 男が家まで車で送っていこうかと言うのを、ここからそう遠くないし、なんとなく夜風に当たって歩いて帰りたい気分だからと辞退して、ラブホテルからの道を一人で歩いて帰った。男は、デブのくせに夜風に当たって歩いて帰りたいなんてうぜえと思ったかもしれないし、手間が省けていいやと思ったかもしれない。住宅街がひたすらと続いているすっかり夜深くなった道を一人歩いていた。消化器官が動いているとはいえ、食べ過ぎたお腹はやはりぽっこり膨らんだままで、歩くたび何かを入れているような微妙な違和感があった。この中に入っているのがぐしゃぐしゃに咀嚼された食べ物じゃなくて、例えば赤ちゃんなんかだったらいいのにねと考えてみるけれど、わたしはその考えに感慨深くなれるような深いものはなくて、胃と腸の中身が汚く混ざり合った食物であることに心底げんなりして、食道を取り出せるなら、それを口から出して食道の中身を搾り出してそれを道に汚く垂れ流していって家に帰りたいなと空想してみるぐらいだった。その胃液にまみれたものをカラスがつついて食べるかもしれないね、虫や鳥がそれをつついて食べるかもしれないね・・・・・・ああ、明日は今日よりもっと顔がむくんで、今日よりもっとぶさいくになるだろう。
 ああ、おなかがすいた。おなかがすいた。人はみんなお家の中に閉じこもってやすやすと時間を過ごしているというのに、わたしは口から食道をはみ出させてその中から人間が生命を持続させるために摂取するとかいう食物の端くれのぐちょぐちょを撒き散らしながら歩いているのです。さみしい。誰か、わたしと同じ正常でない生き物になって。さみしい。おなかがすいた。