酔っ払って打ったやつ

 あー。わたしは愛されないという圧倒的な飢餓感に蝕まれながらも、そうして空いた穴に少しでも何かを詰め込むように食べ物を食べていく。一人暮らしの、下宿の、小さな部屋。普段ご飯を食べたり、もしくは友達とタコパをしたりなんかするちゃぶ台はあるけれど、わたしは過食をするとき、普段ご飯を食べているところには座らないで、大して勉強しないのに上に棚までついた立派な机の上にコンビニで買ったお菓子なりおにぎりなりを広げて過食する。だってこれはちゃぶ台に座って家族団らんで食べるような健康的な心のこもった食事ではない。汚いわたしをもっと汚くする、でもそうして何かを詰めていかなきゃ生きていけない食卓なのだから。わたしは過食するとき、絶対に上品に食べたりしない、友達と学食に行って、ナイフとフォークを使って600円のハンバーグ定食を食べて、その付け合せのサラダをフォークで刺して少しずつ口に運んでいくようなことは絶対にしない。ブタになったみたいな気持ちで、くちゃくちゃ言わせて汚く食べる、それはわたしではないような気がする、わたしから乖離したブタのような動物的な何かであって、わたしではない・・・から、それはわたしじゃない。みたいに、綺麗に乖離できない。べったりくっついていて、包丁で切り込みを入れてもなかなか取れない肉と油みたいに、ブタのようなわたしとわたしは同じものであり、だから、わたしはおなかがすいていて、そこにこんなに食べ物を詰め込んでもこんなにも苦しい。本当は食べたいんじゃない。でも、空っぽだから何かを入れなくてはいけなくて、でもどんどん食べているうちに食べ物を食べているっていうかエサを食べているっていうか、空っぽを満たすための粘土を食べている気がして、おなかいっぱいになって全然美味しくなくなってきて味がしなくなってきて、でも、わたしは空っぽだから、食べなくちゃいけなくて。
 苦しい。今、この机の目の前に鏡が置かれたら、そこに映っているもののあまりの気持ち悪さに吐くだろう。千と千尋のブタを思い出すかもしれない。ぶひぶひ言って食ってんな、みたいな。でもきっと自分をそんな冷静に俯瞰して自分じゃないみたに見ることはできない。わたしはわたしだから。気持ち悪い。甘さと油と炭水化物だけを喉から先に通して汚く胃に落としていく、このわたしが。最後に残ったコーヒーゼリーの封を乱暴に破り、あの店員がつけた食べにくい小さなぺらぺらの薄っぺらなスプーンでそれを飲むように口に運んでいく、カップに口をつけて。クリームのところが甘くて気持ち悪いけれど、死に物狂いの綱引き合戦みたいにあとちょっとなんだからと啜るようにそれを身体の内側に落としていく。ロン、みたいな。将棋のロンってよく知らねえけど、トンって音をさせて机に空になったカップを置いて、はー、と息をついて天井を仰ぎ見る、天井は低い、どんどん見ているうちに天井が低くなってわたしに迫って落ちてきて、わたしの顔をつぶしてひしゃげさせる、こともない微妙な低さ。

 はー。もう一度息をつきながら、机の上に置いたコーヒーゼリーのカップを見ると、まだ微かに底の端に中身が入っていたけれど、こんな工業的な人工的なコーヒー的なゼラチン的な残り物など価値なしと、すべてのゴミたちをもと入っていたセブンイレブンの袋に入れてきゅっと先をくくって閉じた。机の上の、微妙にバランスを崩したまま立つそれを見て、なんともやりきれない悲しさがもっとずんと深く押し寄せた。にわかに立ち上がって窓を開ける、いつのまにか日が暮れていた、夜の、広い、空をチチチッと光って過ぎていく飛行機の明かりが見える、いいな、遠く、でも目下は狭い。7Fのマンションの下の所。今、帰ってきている人は誰もいない、向かいの道路にも誰も歩いていない、ベランダから野球選手みたいに思い切り腕を振って、ゴミがたらふく入ったセブンイレブンの袋を高く放った。それがびゅんと少しだけ打ちあがって、深い夜になりかけた空にしょうもない軌跡を描きながら、ゆっくりと落ちていった。ゆっくりと美しいスローモーション。それが一番下の地面にようやく落ちたとき、カン、と軽いプラスチックと舗装された道路がぶつかる音がした。
 もう買ってきた食べるものは全部なくなった。っていうか、味覚が失われてきたのに、詰め込み詰め込みようやく体内に入れきった。おなかはもういっっぱいだ。ちっとも美味しくないものを食べてぱんぱんで気持ち悪いほどおなかいっぱいだ。でも、わたしの心は、ピザポテトぶん、プリンぶん、コーヒーゼリーぶん、モナカアイスのバニラぶん、おにぎりぶん、シュークリームぶん、おなかがいっぱいになるように胃と心が分かりやすく連動しているというよりむしろ、よりわたしを醜くさせるものを今日のわたしも詰め込んでしまったことに絶望して、体重計の針がまたチクチクと右に向かって動いていったような気がして、ベランダの柵に腕を置いて、そこに顔を埋めた。またお腹が着々と膨れて肉をつけるかもしれない、今日もたくさん糖分と油を摂ってしまったから、明日は今日よりも更に顔がむくんでアンパンマンみたいになって、目も唇も鼻もむくんだ肉に埋もれて存在感を打ち消されて、ますます見る価値のない生命体に成り下がるかもしれない。夏の生ぬるい夜風に吹かれる、ぱんぱんに膨れたお腹と身体を風に撫でられて強調されている気がして嘔吐したくなる。7Fからゲロを撒き散らしてそれを浴びた人間が全員、甘いものを食べたくて仕方ない病気になるか、即座に風船のようにぱんと膨れて死ねばいいのにと思う。
 でも、夜風に打たれていても死ぬつもりも勇気もないので、妊婦のようにぷっくり膨れた腹をおぞましく押しながら部屋に入って、フローリングにぺたんと座り込んだ。机の上に置いていて、さっきまで菓子をくちゃくちゃ食べながら中身の無い漫画を読んでいた携帯に手を伸ばす。今時、時代錯誤でかっこ悪いんじゃないかみたいな、わたしはその全盛期を知らないけど今やその全盛期を過ぎて残り物なんじゃないかみたいな出会い系サイトにアクセスして、掲示板を開いて、頭を空っぽにしてばかみたいな文章を打った。
「今から、会える人いませんか?暇なので、もしよかったら・・・。こちら、ちょっぴりぽちゃ子なので、それでも大丈夫という方がいらっしゃったら!」
 わったっしはさっき食べたピザポテト以下ー、一枚分以下ー、ぐちゃぐちゃにくだいて白米にふりかけたらあらピザご飯ー、みたいに自尊心がなみなみに低下している振りをして伝言板を打ったけれど、でも心なしか、先ほどまでのどす黒く重たい足かせのようなものは、やたらと重たいくまちゃん人形程度のおもりに代わっていた。自分の嫌いなところを一生懸命に書き出した心を、他人のことにすっとすり返ると、わたしたちはいくぶん、忘れたい我を忘れることができる。わたしは半分狂乱したIQ60のバツイチ子持ちギャルのようにマイページを何度も何度も更新して、早くメッセージが来ないか確かめていったけど、そうして誰かを待ってわざとらしくそわそわするのはずっと辛いことじゃなかった、自分への呪詛から目を逸らしていられるから。