おなかがすいたの。わたしはとてもおなかがすいていて、飢餓感を抱いているの。アフリカの子どもたちじゃないよ。お前らの募金、待ってるぜ!じゃないよ。物資に溢れる豊かな国日本の、なかでも珍しく貧困に喘ぐ生活保護受給家庭に産まれた子、じゃなくて、わたしは平均的には裕福な私立女子大生なんだけど、とてもおなかがすいていて、今もグーキュルキュルって鳴らしているような気がするのよ。でも、それは誰にも聞こえないわたしにすら聞こえない、だってそれはおなかの音じゃなくて、わたしの胸が鳴らす、音無き泣き声だから。わたしの心は、とてもおなかがすいている。
大学帰りの御堂筋線、まもなく電車が参りますのアナウンスに続いてホームに電車が到着する、ドアが開いて、みんな知らない人たちがそこから出てきて、ホームでそれまで待っていた人たちが足を進めて入っていって、わたしもそこに続いていくはずが踵を返して、やたらと地上までが遠い駅の階段を登って、そこを出てすぐのコンビニに入ってしまう。おなかがすいたから。あのまま御堂筋線に乗っていればあと三十分もしないうちに家に帰れたはずなんだけど、たかだか三十分後とは言え、未来の話より目先の飢餓感に足をすくわれてしまう。精一杯、脚が細く見えるように、12センチヒールのサンダルを履いた足を。コンビニに入って、できるだけ客とも店員とも誰とも目を合わせないようにして商品を物色する。あまい、あまいもの。菓子コーナーをさっと見てから、パンコーナーに移る。もちろん菓子パンだ。中にチョコレートバーが入ったクロワッサンか、シュガーフレンチトーストかどっちかかなと幾秒迷って、結局両方の袋をつかんでレジのお兄さんに差し出す。名前の下に店長と書かれた名札をつけてハッピみたいなユニフォームを着ている店員に手づたいでお釣りを渡されて、こんな砂糖炭水化物と砂糖炭水化物のブタの食べ物を二つも買った女の手に手で触れるなんて、それがしっかりと異性の人間に目撃されているんだぞという辱めを与えられたということであり、大したことではないにせよ軽い恥じらいを植えつけられたわたしは、小銭をさっさと財布にしまってコンビニを出ようとしたのに。
「あー、あの、昨日までファミマくじやってたんすけど、くじが余っちゃって。よかったら、くじ、引かれていきます?」
そういう戯れは、わたしがさぞかし人間ですみたいな顔して、いろはすとか買ってるときに言えよ。っていうか、それ、いいのかよ、駄目だろ。わたしはお前の友達じゃねえんだぞ、サークルノリか何かかクソがとケチをつけながら、店員の顔を見ると、思ったよりクソ若者じゃなくて普通にわたしより年上な、二十代後半っぽくて、お前なんでコンビニの店長なんかやってんだよ、普通に大卒気弱営業マンみたいな顔してんのに、とさらりと他人を見下す思考が浮かんだまでが瞬間だった。
「あー、えー、いいんですか」
「どうせ余ってもったいないですから」
「え、じゃあ、ありがとうございます」
手を入れるところが台所の流しにあるビロビロに切り込みを入れられたゴムの黒いやつみたいになった箱に手を入れ、言われるがまま紙を引いていく。はずれ。はずれ。栄養ドリンク。なんで。よりによって栄養ドリンクが当たる。それを引いて次にすべき自分の適切な行動が分からなくて、一拍、沈黙のクーラーに肌を撫でられた。
「あ、え、これ、棚に取りに行って、頂いていいんですか?」
「あっ、いやっ、取ってきますね!」
別に、栄養いらない。わたしはただただおなかがすいているだけ。圧倒的飢餓感があるだけ。心がとても空っぽでおなかがすいていて、そこに詰められる食べ物をブタのように求めてしまうけど、栄養なんか摂っちゃだめなんだよ。栄養とか野菜とか魚とか、真面目に生を求めている人のようなものを口に入れてしまうのはだめだろう。わたしはもっと汚いもの、安くて生産者の心が込められていないもの、誰の優しさも思いやりも入っていない人工的な大量生産物を口にして、もっとそうしたもので自分を詰めて、満たして、殺さなくては。
御堂筋線の駅のホームに戻って次の電車を待っている。午後四時の南森町駅は人がまばらなので、わたしはここでまだ平気で呼吸をすることができる。次に来る電車は、まだ前の駅に停留しているのが電光掲示で分かる。ちら、ちら、と周囲を見渡して、わたしと同じぐらいの大学生や若者が近くにいなくて、しなびたサラリーマンとか甘納豆みたいなおばちゃんとか、上品な小豆色のランドセルを背負った私立の小学生しかいなくて、誰もわたしを景気景観の一部としか思っていないことを確認して、セブンイレブンの袋からシュガーフレンチトーストをごそごそと取り出し、封をぴっと破く。それを口に近づけて口を開くとき、唇がぷるぷるとチワワ微振動を起こしていることに気づいて、駅のホームで食パンに近いものを食べようとしている大学生の女を俯瞰している人がわたしの中にいて、でもそんな人いないよねと首を飛ばして血しぶき、はー、と小さく息を吐いて吸って吐いて、ぱくんと一口くちづけた。噛み切らないまま、すぐ横に並んできた黒いスキニーデニムを穿いた細い脚の持ち主の目を半ば無意識的に、彼がわたしに軽蔑的な目線を向けていないか探すために見た、にゃー☆みたいな無邪気なあほくさい顔を見せてきつつ、喧嘩したときには、はぁお前ふざけんなよって言ってきそうな若いステレオタイプみたいな男の子で、それは怖い。大した考えなしに、紙の裏表みたいに薄っぺらい二面性を発揮する若者は怖い、若者の怖いところは自分が頭を下げて生きねばならない相手が世の中に大勢存在するとは思わず、俺、自由、最強、みたいな顔して生きているところ。何を聴いているのか知らないのか彼は大きなヘッドホンをつけ、スマホを俯いて眺めながら、脚を小刻みに揺らしていた、この男はわたしが公衆の面前の中でブタパンを食べることに躊躇する気持ちが残っていることを煽っているのではないか。わたしは一口そのブタパンを食べ、ごきゅごきゅと咀嚼して、ごくんと飲み込む音を聞いたのが少し怖かった。咀嚼音も、つばと一緒に飲み込む音も全部わたしから溢れていて、周りの人に洩れ聞こえていて、あらあらあの子ったら恥ずかしいって思われているかもしれなかったけれど、一度封を切ったブタパンは無くなるまで口に運び続ける以外の選択肢は残されていなくて、その男の脚の小刻みを見ながらブタパンを齧り、咀嚼し、飲み込んでいった。
「中学生のとき」
その男が隣に立ってブタパンを齧っているわたしだけに分かる声で、歌の一フレーズを口ずさむように呟いたのを聞いて、びくりと心が震えかけた。中学生のとき、小刻みに震える身体、小刻みに震えるだけで口を開けられない昼休みお弁当の時間。この男は、わたしが中学生のときにクラスに誰一人友だちがいなくていつも自分の席で一人でお弁当を広げて、クラスの女の子たちが集まってきゃいきゃいとお弁当を食べようとする中、わたしだけは一人ぼっちで、ご飯の段とおかずの段が二段式になったお弁当を開けて例えば厚焼き玉子なんかを箸で挟んで食べようとするんだけど、唇が震えるだけで口が開かなくてどうしても食べれなかったことを知っていて、脚をそんなふうに小刻みに震えさせてわたしを挑発しているのだろうか。もしかして、顔は覚えていないけど、君はわたしの元クラスメイトなのか。それで。お弁当を解体して開いて机の上に並べるものの箸が震えて唇が震えるだけで一向に食べられなくて、あー、宿題忘れちゃったかもー、持ってきたかなー?確認しなきゃー、みたいな顔してスクールバッグを中をまさぐって取り出したノートを開いてぺらぺらと捲ったあと首を傾げて、あー、忘れちゃったなーみたく唇を尖らせてみて、それから、はぁあ食べたかったのに時間ないなあってため息をついてお弁当を閉まって昨日家で解いてきた問題をもう一度ノートに解いていったわたしを知っていて、わざとそんなふうに脚を小刻みに揺らして、小刻みに震えるだけでお弁当を食べれなかったわたしの中学時代を示唆してるんですか、そうですか。あー、でもわたしは、不特定多数の目線に対しては少し強くなったんだよって元クラスメイトに見せ付けてやるみたいにブタパンを続々齧って、電車が到着する前に食べきってしまうことに成功した。まもなく電車が参りますのアナウンスが流れて、手に頼りなく提げていたセブンイレブンの袋に空の袋をぐちゃっと入れた、電車がホームに流れてきて、その風でスカートが捲れそうになったのに、初めて隣の男の目線を感じた。わたしの、太腿の、肉か、そのもっと上を一瞬のうちに目がぬるぬるっと這う。それはたぶん、汚い、じゃなかった。欲情する下半身突起でわたしの肉を目でなぞったのだろう。ああ、パンツ見えたかなあ、と思いながら電車に乗り込んだ。電車は座席は埋まっていたけれど、立っている人はぽつぽつ、ぐらいで大した混みじゃなかった。わたしはドアのそばで立って、もう一つのチョコクロワッサンを取り出し封を切り、齧った。透明のドアの窓の向こうから流れていく景色が見えるのに見ちゃいない、目に入るけれどそれは心には取り込まれず、わたしはただクロワッサンを噛み千切ると同時に自分のみっともなさを噛み締めている。自尊心、でもない、他尊心?わたしがいるのは他人がひしめく空間であって、わたしの一挙一動は他人に見られているかもしれなくて、だから他人の目を意識した振る舞いをすべきであって。でも、わたしはおなかがすいている。ただそれだけの動物的衝動であって、ひどく精神的なことに捉われながら、わたしはチョコクロワッサンをかじっていく、電車が進んでいく。わたし、は、わたしの心は止まっていても誰の心は止まっていても電車は進んでいく機械的に。
下宿先の駅で降りる。駅のアズナスには寄らない、狭いのに人がいっぱいいて恥ずかしいから。それからもっと先の下宿先のそばのコンビニにふらっと入る、カゴを手に取る。もうすぐおうちに帰れるよ。おうちに帰ったら誰にも見られたりしないよ。だからなんでも好きなものを好きなだけいいんだよ。別にお財布はそう苦しくないわたしが羽のように耳打ちする。ピザポテト、プリン、コーヒーゼリー、モナカアイスのバニラ、おにぎり、シュークリーム。それらを入れたカゴをレジに置き、これを精算してくれるのがお母さんとか実家の近所のおばちゃんじゃなくてほんとに良かった、といつも考える。たぶん家族経営なのだろうこのコンビニはいつも同じおばちゃんと時々思い出したようにおばあちゃんがいて、たいていレジにいるのはおばちゃんなのだけど、彼女は何十回とわたしの度重なる過食症の布石を見ても、もちろん何か健康上の注意などしない、ただいくらですと教えてくれるだけなのだ。
大学帰りの御堂筋線、まもなく電車が参りますのアナウンスに続いてホームに電車が到着する、ドアが開いて、みんな知らない人たちがそこから出てきて、ホームでそれまで待っていた人たちが足を進めて入っていって、わたしもそこに続いていくはずが踵を返して、やたらと地上までが遠い駅の階段を登って、そこを出てすぐのコンビニに入ってしまう。おなかがすいたから。あのまま御堂筋線に乗っていればあと三十分もしないうちに家に帰れたはずなんだけど、たかだか三十分後とは言え、未来の話より目先の飢餓感に足をすくわれてしまう。精一杯、脚が細く見えるように、12センチヒールのサンダルを履いた足を。コンビニに入って、できるだけ客とも店員とも誰とも目を合わせないようにして商品を物色する。あまい、あまいもの。菓子コーナーをさっと見てから、パンコーナーに移る。もちろん菓子パンだ。中にチョコレートバーが入ったクロワッサンか、シュガーフレンチトーストかどっちかかなと幾秒迷って、結局両方の袋をつかんでレジのお兄さんに差し出す。名前の下に店長と書かれた名札をつけてハッピみたいなユニフォームを着ている店員に手づたいでお釣りを渡されて、こんな砂糖炭水化物と砂糖炭水化物のブタの食べ物を二つも買った女の手に手で触れるなんて、それがしっかりと異性の人間に目撃されているんだぞという辱めを与えられたということであり、大したことではないにせよ軽い恥じらいを植えつけられたわたしは、小銭をさっさと財布にしまってコンビニを出ようとしたのに。
「あー、あの、昨日までファミマくじやってたんすけど、くじが余っちゃって。よかったら、くじ、引かれていきます?」
そういう戯れは、わたしがさぞかし人間ですみたいな顔して、いろはすとか買ってるときに言えよ。っていうか、それ、いいのかよ、駄目だろ。わたしはお前の友達じゃねえんだぞ、サークルノリか何かかクソがとケチをつけながら、店員の顔を見ると、思ったよりクソ若者じゃなくて普通にわたしより年上な、二十代後半っぽくて、お前なんでコンビニの店長なんかやってんだよ、普通に大卒気弱営業マンみたいな顔してんのに、とさらりと他人を見下す思考が浮かんだまでが瞬間だった。
「あー、えー、いいんですか」
「どうせ余ってもったいないですから」
「え、じゃあ、ありがとうございます」
手を入れるところが台所の流しにあるビロビロに切り込みを入れられたゴムの黒いやつみたいになった箱に手を入れ、言われるがまま紙を引いていく。はずれ。はずれ。栄養ドリンク。なんで。よりによって栄養ドリンクが当たる。それを引いて次にすべき自分の適切な行動が分からなくて、一拍、沈黙のクーラーに肌を撫でられた。
「あ、え、これ、棚に取りに行って、頂いていいんですか?」
「あっ、いやっ、取ってきますね!」
別に、栄養いらない。わたしはただただおなかがすいているだけ。圧倒的飢餓感があるだけ。心がとても空っぽでおなかがすいていて、そこに詰められる食べ物をブタのように求めてしまうけど、栄養なんか摂っちゃだめなんだよ。栄養とか野菜とか魚とか、真面目に生を求めている人のようなものを口に入れてしまうのはだめだろう。わたしはもっと汚いもの、安くて生産者の心が込められていないもの、誰の優しさも思いやりも入っていない人工的な大量生産物を口にして、もっとそうしたもので自分を詰めて、満たして、殺さなくては。
御堂筋線の駅のホームに戻って次の電車を待っている。午後四時の南森町駅は人がまばらなので、わたしはここでまだ平気で呼吸をすることができる。次に来る電車は、まだ前の駅に停留しているのが電光掲示で分かる。ちら、ちら、と周囲を見渡して、わたしと同じぐらいの大学生や若者が近くにいなくて、しなびたサラリーマンとか甘納豆みたいなおばちゃんとか、上品な小豆色のランドセルを背負った私立の小学生しかいなくて、誰もわたしを景気景観の一部としか思っていないことを確認して、セブンイレブンの袋からシュガーフレンチトーストをごそごそと取り出し、封をぴっと破く。それを口に近づけて口を開くとき、唇がぷるぷるとチワワ微振動を起こしていることに気づいて、駅のホームで食パンに近いものを食べようとしている大学生の女を俯瞰している人がわたしの中にいて、でもそんな人いないよねと首を飛ばして血しぶき、はー、と小さく息を吐いて吸って吐いて、ぱくんと一口くちづけた。噛み切らないまま、すぐ横に並んできた黒いスキニーデニムを穿いた細い脚の持ち主の目を半ば無意識的に、彼がわたしに軽蔑的な目線を向けていないか探すために見た、にゃー☆みたいな無邪気なあほくさい顔を見せてきつつ、喧嘩したときには、はぁお前ふざけんなよって言ってきそうな若いステレオタイプみたいな男の子で、それは怖い。大した考えなしに、紙の裏表みたいに薄っぺらい二面性を発揮する若者は怖い、若者の怖いところは自分が頭を下げて生きねばならない相手が世の中に大勢存在するとは思わず、俺、自由、最強、みたいな顔して生きているところ。何を聴いているのか知らないのか彼は大きなヘッドホンをつけ、スマホを俯いて眺めながら、脚を小刻みに揺らしていた、この男はわたしが公衆の面前の中でブタパンを食べることに躊躇する気持ちが残っていることを煽っているのではないか。わたしは一口そのブタパンを食べ、ごきゅごきゅと咀嚼して、ごくんと飲み込む音を聞いたのが少し怖かった。咀嚼音も、つばと一緒に飲み込む音も全部わたしから溢れていて、周りの人に洩れ聞こえていて、あらあらあの子ったら恥ずかしいって思われているかもしれなかったけれど、一度封を切ったブタパンは無くなるまで口に運び続ける以外の選択肢は残されていなくて、その男の脚の小刻みを見ながらブタパンを齧り、咀嚼し、飲み込んでいった。
「中学生のとき」
その男が隣に立ってブタパンを齧っているわたしだけに分かる声で、歌の一フレーズを口ずさむように呟いたのを聞いて、びくりと心が震えかけた。中学生のとき、小刻みに震える身体、小刻みに震えるだけで口を開けられない昼休みお弁当の時間。この男は、わたしが中学生のときにクラスに誰一人友だちがいなくていつも自分の席で一人でお弁当を広げて、クラスの女の子たちが集まってきゃいきゃいとお弁当を食べようとする中、わたしだけは一人ぼっちで、ご飯の段とおかずの段が二段式になったお弁当を開けて例えば厚焼き玉子なんかを箸で挟んで食べようとするんだけど、唇が震えるだけで口が開かなくてどうしても食べれなかったことを知っていて、脚をそんなふうに小刻みに震えさせてわたしを挑発しているのだろうか。もしかして、顔は覚えていないけど、君はわたしの元クラスメイトなのか。それで。お弁当を解体して開いて机の上に並べるものの箸が震えて唇が震えるだけで一向に食べられなくて、あー、宿題忘れちゃったかもー、持ってきたかなー?確認しなきゃー、みたいな顔してスクールバッグを中をまさぐって取り出したノートを開いてぺらぺらと捲ったあと首を傾げて、あー、忘れちゃったなーみたく唇を尖らせてみて、それから、はぁあ食べたかったのに時間ないなあってため息をついてお弁当を閉まって昨日家で解いてきた問題をもう一度ノートに解いていったわたしを知っていて、わざとそんなふうに脚を小刻みに揺らして、小刻みに震えるだけでお弁当を食べれなかったわたしの中学時代を示唆してるんですか、そうですか。あー、でもわたしは、不特定多数の目線に対しては少し強くなったんだよって元クラスメイトに見せ付けてやるみたいにブタパンを続々齧って、電車が到着する前に食べきってしまうことに成功した。まもなく電車が参りますのアナウンスが流れて、手に頼りなく提げていたセブンイレブンの袋に空の袋をぐちゃっと入れた、電車がホームに流れてきて、その風でスカートが捲れそうになったのに、初めて隣の男の目線を感じた。わたしの、太腿の、肉か、そのもっと上を一瞬のうちに目がぬるぬるっと這う。それはたぶん、汚い、じゃなかった。欲情する下半身突起でわたしの肉を目でなぞったのだろう。ああ、パンツ見えたかなあ、と思いながら電車に乗り込んだ。電車は座席は埋まっていたけれど、立っている人はぽつぽつ、ぐらいで大した混みじゃなかった。わたしはドアのそばで立って、もう一つのチョコクロワッサンを取り出し封を切り、齧った。透明のドアの窓の向こうから流れていく景色が見えるのに見ちゃいない、目に入るけれどそれは心には取り込まれず、わたしはただクロワッサンを噛み千切ると同時に自分のみっともなさを噛み締めている。自尊心、でもない、他尊心?わたしがいるのは他人がひしめく空間であって、わたしの一挙一動は他人に見られているかもしれなくて、だから他人の目を意識した振る舞いをすべきであって。でも、わたしはおなかがすいている。ただそれだけの動物的衝動であって、ひどく精神的なことに捉われながら、わたしはチョコクロワッサンをかじっていく、電車が進んでいく。わたし、は、わたしの心は止まっていても誰の心は止まっていても電車は進んでいく機械的に。
下宿先の駅で降りる。駅のアズナスには寄らない、狭いのに人がいっぱいいて恥ずかしいから。それからもっと先の下宿先のそばのコンビニにふらっと入る、カゴを手に取る。もうすぐおうちに帰れるよ。おうちに帰ったら誰にも見られたりしないよ。だからなんでも好きなものを好きなだけいいんだよ。別にお財布はそう苦しくないわたしが羽のように耳打ちする。ピザポテト、プリン、コーヒーゼリー、モナカアイスのバニラ、おにぎり、シュークリーム。それらを入れたカゴをレジに置き、これを精算してくれるのがお母さんとか実家の近所のおばちゃんじゃなくてほんとに良かった、といつも考える。たぶん家族経営なのだろうこのコンビニはいつも同じおばちゃんと時々思い出したようにおばあちゃんがいて、たいていレジにいるのはおばちゃんなのだけど、彼女は何十回とわたしの度重なる過食症の布石を見ても、もちろん何か健康上の注意などしない、ただいくらですと教えてくれるだけなのだ。
